戦争犯罪を見つめなおす、今問われている問題

日本の侵略戦争の闇「平頂山事件を考える」

90年前、1932年9月16日に何が起きたかご存じですか?日本の侵略戦争における住民大量虐殺事件の出発点、平頂山事件が起きたのです。事件が隠蔽された延長上に南京事件や東南アジアでの日本軍の住民虐殺があります。

平頂山事件とは、1932年9月16日、中国東北部の撫順市近郊にある平頂山集落で発生した住民虐殺事件です。当時、平頂山には、3000人以上の村民が住み、その多くは撫順炭鉱の労働者でした。撫順炭鉱を警備する日本軍の「撫順守備隊」が、その前夜抗日ゲリラに炭鉱襲撃を受け、その報復として日本軍は記念写真を撮るなどとだまし、住民を崖下の一か所に集め、村民が写真機と思ったのは実は機関銃でした。機関銃を覆っていた布が取り払われると、住民は逃げる間もなく機銃掃射されました。一斉掃射の後生存者がいれば銃剣で刺して回り、とどめを刺しました。遺体にガソリンを撒いて焼き払い、崖を爆破して遺体を埋め事件を隠蔽しました。(写真上:平頂山殉難同胞紀念碑)

ロシアがウクライナに軍事侵攻している今、平頂山事件研究の第一人者である井上久士駿河台大学法学部教授・日本中国友好協会会長が著書「平頂山事件を考える」で事件を解明し、警鐘を鳴らします。(写真:井上久士教授、日中友好協会会長)

 

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