中国・四川省のジャイアントパンダ国立公園で、山中を歩く“白いパンダ”の最新映像が公開されました(新華ネット・5月26日付)。 白いパンダが初めて確認されたのは2019年。四川の自然保護区管理局が、保護区内で撮影した1枚の写真を公表し、大きな話題となりました。今回公開された映像は、その個体が成長した現在の姿を捉えたものです。
全身の毛は真っ白で、写真では分かりにくいものの、目はやや赤みを帯びているとのこと。また、手足が少し茶色く見える部分がありますが、これは毛の経年変化による黄ばみで、本来は白い毛だと説明されています。
陝西省には“茶色いパンダ”も
あまり知られていませんが、中国・陝西省の「秦嶺四宝科学公園」には“茶色いパンダ”がいます。名前は「七仔(チーザイ)」。2009年に秦嶺山脈で発見・保護された個体です。
七仔は、目の周り、耳、肩、手足、尻尾など、本来黒くなる部分がはっきりと茶色になっています。これは生まれつきの遺伝的な特徴で、模様が固定された“正真正銘の茶色いパンダ”です。
一方、四川で撮影された白いパンダは、偶発的なアルビノ(白化個体)であり、七仔とは全く異なるタイプだとされています。
パンダの生息状況と亜種の違い
中国の山地に棲む野生パンダは、現在およそ2,000頭。 大きく次の2つの亜種に分かれています。
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四川亜種(四川省・甘粛省に分布)
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秦嶺亜種(陝西省・秦嶺山脈に分布)
両者は1万年以上前に分岐し、その後は地理的に隔てられたまま交流・交配がないとされています。生息数は四川亜種が全体の約3分の2を占め、圧倒的に多い状況です。
興味深いのは、これまで確認された“茶色いパンダ”7頭がすべて秦嶺亜種であり、四川亜種には一例も見つかっていないこと。なぜ茶色い個体が秦嶺亜種だけに現れるのか、科学的な理由はまだ解明されていません。
参考資料
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新華ネット(2026年5月26日)
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テレビ朝日NEWS(2026年5月25日)
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新華社サービスセンター(2026年6月3日)
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SciencePortal China(2026年5月29日)

5月17日、兵庫県原水協の理事会(総会)が開かれ、午前中には4月27日~5月22日に国連本部で行われた「NPT(核不拡散条約)再検討会議」へ兵庫県から参加した4名による報告が行われました。
広東省広州市から西へ約80km。 ガイドブック『地球の歩き方・広州編』に「小桂林」と紹介されていた肇慶市に、ふと思い立って出かけることにしました。
肇慶に着くとまず帰りのバスの切符を確保し、売店で地図を購入。 すぐ近くに「七星岩」の門があり、そこが“小桂林”と呼ばれる景勝地でした。
のか」と胸が高鳴りました。
今回は「初めての旅」ゆえにハプニング続きで、 景勝地の紹介は少し控えめになりました。
1966年の文化大革命の影響で日中交流が途絶えたことを受け、「二度と戦争をしない」という思いを形にしようと全国で記念碑建立の機運が高まり、1968年に多くの市民の協力でこの碑が完成しました。 壊れたままになっていた説明板も、2019年に再び多くの人々の力で新しく設置されたとのことです。行政との調整は難航したものの、平和への願いが実を結んだエピソードに、参加者は深く耳を傾けていました。
その後、会場を料理旅館「花のいえ」へ移し、昼食交流会が行われました。 食事の前には、宇治市議会議員・佐々木まゆみさんから、市民の声をどう議会に届け、実現していくのか――市民運動と議会活動の両面から語られる実体験に、参加者は熱心に聞き入りました。
昨晩、CCTV4の国際ニュースを視聴していたところ、番組の中でごく短い時間ではありましたが、日本の小泉防衛大臣と米国のヘグセス国防長官が言葉を交わしている映像が映りました。 その後すぐに画面はトマホーク巡航ミサイルの映像に切り替わり、会談の様子は一瞬で終わってしまいましたが、話の大まかな流れはつかめたように思います。


1974年3月。 西安市臨潼区・西楊村の荒れ地で井戸を掘っていた村人、楊志発(ヤン・ジーファ)さんが、偶然陶製の人形のような破片を掘り当てました。
役場から連絡を受けたのが、考古学者の袁仲一(エン・チョンイー)先生でした。 陶片が「人形の頭部や体の一部」であること、そして始皇帝陵の近くで見つかったことから、 「これは始皇帝陵の副葬品ではないか」 と直感し、本格的な発掘に踏み切ります。
しかし、発掘の事実は中国政府により厳重に秘匿され、写真撮影も固く禁じられていました。 そんな中、世界で初めて兵馬俑の姿を写真で紹介したのが、アメリカの女性ジャーナリスト オードリ・トッピングさんです。
こうして兵馬俑は破壊を免れ、世界の宝として日の目を見ることになりました。 その陰には、


こんにちは、日中友好協会姫路支部です。