8・15 平和のつどい

― 終戦の日に、戦争を語りつぎ未来を考える集い

毎年、終戦の日にあわせて開かれてきた「平和のつどい」。 今年も兵庫区・妙法華院の本堂で、静かに、そして温かく開催されます。

戦争体験を語り継ぐ人が少なくなる中で、平和への思いを共有し、次の世代へとつないでいく大切な機会として続けられてきました。 お盆の時期でもあり、亡くなられた方々を偲びながら、平和の尊さを改めて胸に刻む時間となりそうです。

📅 開催概要

  • 日時:8月15日(土)13時30分〜

  • 会場:兵庫区・妙法華院 2階本堂

  • 講演テーマ「戦前、侵略戦争 NO! 子どもを守る教師がいた!」

  • 講師:田中隆夫さん(国治安維持国賠同盟 県本部副会長)

  • 参加協力費:500円

  • 主催:兵庫の「語りつごう戦争」展の会

🎤 講演の見どころ

今回の講演では、戦前の厳しい社会状況の中でも「子どもを守る」という信念を貫いた教師たちの姿が紹介されます。

国家総動員体制が強まり、自由な教育が制限されていった時代。 そんな中でも、子どもたちの未来を守ろうとした教師が確かに存在しました。

田中隆夫さんは、長年にわたり治安維持法や戦争責任の問題を研究し、語り継ぐ活動を続けてこられた方です。 戦前の教育現場で何が起きていたのか、そして今の時代に何を学ぶべきなのか―― 静かに、しかし力強く語りかけてくださることでしょう。

🌿 平和を思うひととき

妙法華院の本堂は、落ち着いた雰囲気の中で心を整えられる場所です。 お盆の時期に訪れると、どこか懐かしい気持ちになり、平和への祈りが自然と湧いてきます。

戦争を体験した世代が少なくなる今、こうした場で「語りつぐ」ことの意味はますます大きくなっています。 参加者同士が思いを共有し、未来へ向けて平和をどう守るかを考える、そんな温かい集いです。

✨ 参加の呼びかけ

主催の「語りつごう戦争」展の会は、 「終戦の日に、平和への思いをともにしませんか」と広く参加を呼びかけています。

どなたでも気軽に参加できる会です。 ぜひ足を運んでみてください。

各地で「戦争展」が開かれます

夏の訪れとともに、兵庫県内の各地域で恒例の「戦争展」が開催されます。 戦争の記憶を語り継ぎ、平和の尊さを次の世代へ手渡すために続けられてきた取り組みで、今年も多くの市民団体が力を合わせて準備を進めています。

展示資料や写真、体験談、地域に残る戦争遺跡の紹介など、内容は地域ごとに特色があり、毎年足を運ぶ方も少なくありません。 静かに展示を眺める時間は、日々の暮らしの中で忘れがちな「平和のありがたさ」を改めて感じるひとときとなります。

📍 第27回 加印平和のための戦争展

日時:7月31日(金)13時 ~ 8月2日(日)16時 会場:加古川総合庁舎1階「かこむ」

加古川・稲美・播磨地域で続けられてきた「加印戦争展」は今年で27回目。 地域に残る戦争の記録や市民が集めた資料が並び、毎年、親子連れや若い世代の姿も見られます。 会場の「かこむ」はアクセスもよく、気軽に立ち寄れる雰囲気です。

📍 守ろう平和・なくそう戦争展 in 宝塚2026

日時: ・8月10日(月)10時~18時 ・11日(火・祝)10時~16時 会場:宝塚市立西公民館

宝塚では「守ろう平和・なくそう戦争展」が開催されます。 市民ボランティアの熱意で続けられてきた展示で、戦争体験者の証言や地域の歴史資料が丁寧に紹介されます。 公民館ならではの温かい雰囲気の中で、ゆっくりと展示を見て回ることができます。

📍 第31回 尼崎平和のための戦争展

日時: ・8月21日(金)9時~18時 ・22日(土)9時~18時 ・23日(日)9時~16時 会場:尼崎市立中央北生涯学習プラザ

尼崎では今年で31回目となる「尼崎戦争展」が開かれます。 長年続く取り組みだけに資料も充実しており、地域の戦争遺跡や市民の証言など、尼崎ならではの視点で平和を考える展示が並びます。 期間中は親子で訪れる方も多く、世代を超えて語り合う姿が見られます。

🌿 おわりに

これらの戦争展は、いずれも地域の実行委員会が中心となって開催されています。 「戦争の悲しみを繰り返さないために、できることを続けたい」という思いが、静かな展示の一つひとつに込められています。

夏の一日、少し足を止めて平和について考える時間を持ってみるのも良いかもしれません。

兵庫県原水協が理事会を開催

NPTニューヨーク行動の参加者が現地のようすを報告

5月17日、兵庫県原水協の理事会(総会)が開かれ、午前中には4月27日~5月22日に国連本部で行われた「NPT(核不拡散条約)再検討会議」へ兵庫県から参加した4名による報告が行われました。

■ NPT再検討会議の意義と日本代表団の動き

まず、梶本事務局長が今回の会議の意義や国際情勢、日本代表団の取り組みについて説明しました。 日本からは約100名が参加し、全員が会議を傍聴できたことは「画期的だった」と強調されました。

■ 民医連関係者3名による現地報告

続いて、東神戸病院の相野さん、神戸医療生協の木村さん、民医連兵庫県本部の堤さんの3名が、まとまって現地での行動を紹介しました。

4月25日に成田を出発し、カナダ・トロントを経てニューヨーク入り。 会議前日の26日には、アメリカの平和運動家や世界各国の参加者とともに、公立図書館前での集会や国連本部へ向かうパレードに参加したとのことです。

■ ニューヨークでのメーデーにも参加

5月1日にはニューヨークのメーデーに参加し、マムダニ市長とも直接会う機会があったと報告されました。 一方で、物価の高さには驚かされたようで、「お昼に食べたハンバーガーセットが4千円もした」というエピソードには会場からもどよめきが起きました。

「核兵器のない世界へ」

2026年 3・1ビキニデー集会が静岡・焼津で開催
ビキニ水爆実験による被災から72年となる3月1日、静岡県焼津市で「2026年 3・1ビキニデー集会」が開かれ、会場とオンライン合わせて約1700人が参加しました。世界情勢が緊迫する中、核兵器廃絶への思いを共有する場となりました。

🎶 開会は合唱から
静岡のうたごえと焼津中央高校生による合唱で幕を開け、
• 静岡県原水爆被害者の会・松本副会長
• 中野焼津市長
• 日本被団協・濱住事務局長
があいさつを行いました。
主催者報告では、日本原水協の高草木博氏が、アメリカとイスラエルによるイランへの武力攻撃を強く批判し、即時停止を訴えました。

🕊 ビキニ事件の証言と報告
ビキニ事件に関わるさまざまな立場から、当時の体験や現在の課題が語られました。
• 杉村さん(当時・焼津中学2年)
原水爆禁止署名を集めた経験を紹介
• マーシャル諸島からのオンライン報告
今も続く核汚染の苦しみを証言
• 高知・太平洋核被害支援センター 濱田氏
被災船員への聞き取り調査を報告

🌐 日米韓による鼎談
国際的な視点から核問題と市民運動の現状が語られました。
• アン・ライト氏(米国退役軍人の会)
トランプ政権への市民抗議の広がりを紹介
• イ・テファン氏(韓国・民主労組副委員長)
米国依存に諦めていた韓国市民の意識変化を報告
• 吉良よし子参議院議員
「抑止力」依存を批判し、核兵器禁止条約への参加を呼びかけ

🕯 久保山愛吉さんの墓前祭
午前中には、日本宗教者平和協議会主催で、
ビキニ被災半年後に亡くなった**久保山愛吉さん(第五福竜丸無線長)**の墓前祭が弘徳院で行われました。
焼津駅前から弘徳院までの墓参行進も実施され、多くの参加者が平和への思いを新たにしました。

🌍 国際交流会議も開催
2月27日には静岡市で「核兵器のない平和な世界に転換を!」をテーマに国際交流会議が開かれました。
オンラインを含め、
• アメリカ:ジョセフ・ガーソン氏
• フランス:レティシア・プランシュ氏
• コスタリカ:カルロス・ウマーニャ氏
• 韓国:イ・ジュンキュ氏
• 日本原水協:土田弥生氏
らが報告し、世界の核問題と平和運動について活発な討論が行われました。

✨ まとめ
今年のビキニデーは、核兵器廃絶を願う国内外の声が集まり、
「核兵器のない世界へ」という共通の願いを再確認する場となりました。
緊迫する国際情勢の中で、平和を求める市民の連帯が一層重要になっています。

戦後80年を日中戦争から考える——講演と芝居のつどい(大阪府連主催)

 9月15日午後、協会大阪府連主催による「戦後80年を日中戦争から考える」つどいが大阪市内で開催され、約150名が参加しました。

第1部:朗読劇「りゅうりぇんれんの物語」
 最初の部では、劇団ENによる二人芝居「りゅうりぇんれんの物語」が上演されました。朗読劇の形式で演じられたこの作品は、詩人・茨木のりこさんが書き下ろした物語です。
 モデルとなったのは、日中戦争末期に中国から北海道石狩の炭鉱へ強制連行され、昭和20年7月に脱走。その後、14年間にわたり北海道の山野で生き抜いた一人の男性です。過酷な時代を生きた人々の姿が、静かな語りと力強い演技によって浮かび上がりました。

第2部:原田敬一氏による講演「日中戦争」と「中日戦争」から考える
 続いて、佛教大学名誉教授・原田敬一氏による講演が行われました。テーマは「日中戦争」と「中日戦争」から考える歴史認識の違いです。
 日本では、日中戦争を1937年の盧溝橋事件から始まったとする見方が一般的ですが、中国では1894年の日清戦争から始まったと捉えられています。原田氏は、下関条約によって日本が中国山東地域の権益と台湾を得たこと、日露戦争後に南満州鉄道を手に入れたことなどを振り返りながら、日本の軍部がどのように出兵を拡大していったかを丁寧に解説されました。
 張作霖爆殺事件、柳条湖事件、満州国樹立、そして中国との全面戦争から太平洋戦争へと続く流れの中で、日本は広島・長崎への原爆投下を経て敗戦を迎えました。
 戦後、日本は連合国の統治を受け、新しい憲法を手にしました。その憲法は、日本が再び戦争を起こさないよう、軍隊を持たないことを明記しています。原田氏は、この憲法の意義を今改めて考えることの重要性を強調されました。

中国人強制連行犠牲者を悼む「追悼のつどい」開催

9月7日午後、兵庫区の宝地院にて、1998年から続く「中国人強制連行犠牲者追悼のつどい」が開かれました。今年は初めて参加された方も含め、15名が集まりました。

はじめに中川住職より、強制連行の歴史や背景についての説明がありました。その後、読経の中で参加者一人ひとりが焼香し、静かに祈りを捧げました。厳かな雰囲気の中、犠牲者への思いを新たにする時間となりました。

第2部:神戸港の歴史と慰霊碑の紹介
続いて第2部では、神戸学生・青年センターの飛田雄一理事長より、戦前・戦後の神戸港における労働者や連合軍捕虜の実態についてお話がありました。

中国や朝鮮から連れてこられた労働者の中には、強制的に連行された方々もおり、過酷な労働を強いられていました。そうした歴史を忘れないため、2007年には神戸華僑総会の協力のもと、KCCビル敷地内に慰霊碑が建立されました。

また今年3月には、オーストラリアから連合軍捕虜のご遺族が神戸を訪問され、飛田理事長がご案内されたことも紹介されました。国境を越えた記憶の継承が、静かに、しかし確かに続いています。

原水爆禁止2025年世界大会レポート

被爆80年 ― 今こそ決断と行動を
2025年8月、広島・長崎を舞台に「原水爆禁止2025年世界大会」が開催されました。今年は被爆から80年という節目の年。核兵器廃絶への思いを新たに、国内外から多くの参加者が集い、歴史と未来をつなぐ意義深い交流が行われました。

🕊 被爆体験の継承と未来へのメッセージ
8月3日から始まった国際会議では、4日に「被爆体験の継承と未来―被爆80年広島のつどい」が開催されました。
3人の被爆者による証言に加え、黒い雨による被爆や体内被爆といった、まだ広く知られていない体験も共有されました。
続いて「被爆者からあなたへ―あなたから世界へ」と題したリレートークでは、被爆者団体、スペイン代表、新日本婦人の会、高校生平和ゼミナール、そして「原爆の絵」に取り組む基町高校生が、それぞれの視点から平和への思いを語りました。

🌐 国際連帯と運動の広がり
5日には2つのフォーラムと12の分科会が開催され、海外15カ国からの参加者を含む多くの人々が交流。核兵器廃絶に向けた運動の強化を誓い合いました。
フォーラムⅡ「議員と市民の国際連帯」では、英国・ベルギー・ドイツ・米国・日本の国会議員や欧州議員が登壇。会場からの質問に答えながら、各国の取り組みを共有しました。
6日には広島市主催の「平和記念式典」の後、「世界大会ヒロシマデー集会」が開かれ、国連事務次長・中満泉さんからの挨拶もありました。

🚨 世界情勢と核兵器禁止条約の意義
今年の大会では、被爆体験の継承が大きなテーマとなりました。
ウクライナ戦争、ガザでのジェノサイド、イラン核施設への攻撃など、核兵器使用の危険が再び高まる中、核兵器禁止条約の発効と74カ国による批准が希望の光となっています。

👥 若者と労働組合の力
今年は例年の約3倍となる220人以上が海外から参加。特に労働組合関係者が多く、初の「労働組合国際会議」が開催されました。
また、若い世代による「世界と日本の青年シンポジウム」では、闘いと運動の交流が活発に行われました。

🕯 長崎デー集会に3200人が参加
8月9日に開催された「世界大会長崎デー集会」には、会場とオンラインを合わせて約3900人が参加。
冨田宏冶・国際会議宣言起草委員長による報告、被爆者でノーベル平和賞授賞式にも参加した田中重光さんの挨拶、そして11時2分の黙とうが行われました。
エジプト・ベルギー・イギリスの代表による発言や、梶田隆章・前日本学術会議会長のメッセージも紹介されました。

🌍 神戸での国際交流
10日夜には神戸市内で海外代表との交流会が開催されました。
大雨の影響で一部代表が参加できなかったものの、エジプト代表との交流が実現し、国際的な連帯の輪が広がりました。

✨ 未来へ向けて
被爆80年という節目に、世界中から集った人々が核兵器廃絶への思いを共有し、行動の決意を新たにしました。
この大会が、次の世代へ平和のバトンを渡す大きな一歩となることを願ってやみません。

第30回尼崎平和のための戦争展

  • 日時:2025年8月22日~24日 9:00~18:00(最終日は16;00まで)
  • 会場:尼崎市立中央北生涯学習プラザ

常設展示(1F学習室ABC)

22日(金)平和紙芝居(2F学習室)

23日(土)映画「対馬丸」(75分)上映(1F大ホール)

上映時間:①10:00  ②14:00  ③18:00

24日(日)語り部コーナー(2F学習室1) 14:00


“丸太(まるた)”という言葉について

  1.  日本で最初にノーベル賞(物理学)を受賞した人は、湯川秀樹博士で、彼の受賞論文は{「二中間子論」について}ですが、実はこの論文は第1論文から第3論文まであって、湯川博士が第1論文、第2論文は坂田省一博士、第3論文は武谷三男博士です。第2論文の著者坂田博士が唱えた「進歩を阻む3つの法則」というのがあります。
  2.  ところで話は変わりますが、皆さんは”丸太“という言葉を聞いて、何を想い浮かべられますか?
  3.  実はこの言葉は、(旧)満州(現在の中国東北部)にあった日本帝国の731研究所で日常的に使われていた言葉です。この研究所では、現地の人達を被験者として、(実質は)細菌兵器の研究が行われていました。それでその人達を指して呼ぶ略称が”丸太“でした。
  4.  そしてこの”丸太“という言葉は、当時日本の同盟国であったナチス・ドイツでも、ヨーロッパ在住のユダヤ人の人達を一番最初に、大量処刑する時の呼び名として使われていました。

(出典;クロード・ランズマン制作のフィルム『ショアSHOAH』)

記述者 ミャアちゃん

3・1ビキニデー集会

3・1ビキニデー集会―被爆80年、ビキニ被災71年
2025年を核兵器のない世界、非核平和の日本への転換の年に!

2月27日午後静岡市内で「国際交流会議」が開かれ、アメリカ、韓国からの代表が参加、またオンラインでフランス、スペインの代表が発言、全国から140名の参加がありました。

28日午後、日本原水協主催全国集会が開かれ、会場とオンラインを合わせ約100名の参加がありました。

主催者あいさつで秋山全労連議長は、被爆80年の今年、日本被団協がノーベル平和賞を受賞したことを力に核兵器廃絶に向けた「非核日本キャンペーン」の大運動を呼びかけました。被爆者からの訴え、原水協安井事務局長の基調報告、海外代表のジョセフ・ガーソン氏(アメリカ)ハム・ジェキュ氏(韓国)の連帯あいさつ、スペインとフランスからのビデオメッセージに続き、日本各地・分野から活動報告があり、草の根の運動交流が行われました。

その後7つの分科会が開かれ、さらなる活動交流が行われ、この日は午後6時半に終了しました。

3月1日はビキニデー本番の日です。朝9時過ぎJR焼津駅前に集合。9時30分から久保山愛吉さんが眠る弘徳院に向け墓参行進が行われました。当院では、日本宗教者平和委員会主催の法要と献花が行われました。

午後からは会場を焼津文化会館に移し、3・1ビキニデー集会が行われました。第1部は、主催者あいさつ、中野焼津市長、金本日本被団協代表理事のあいさつに続き高草木博さんが主催者報告を行いました。集会に参加の被爆者10名が一人ひとり紹介され、ノーベル平和賞受賞をお祝いし花束が贈られました。

第2部は、静岡の高校生と市民合唱団による合唱がありました。久保山愛吉さんをモチーフにした「海に生きたあなたよ」70年前に作られた「原爆許すまじ」の合唱に感動しました。

特別企画では、長崎・黒い雨訴訟問題、高知からビキニ被災のマグロ漁船問題の報告がありました。海外代表との交流ではジョセフ・ガーソンさん(アメリカ)ハム・ジェキュさん(韓国)が登壇、それぞれの国の政治情勢、平和の取り組みの報告がありました。「非核日本キャンペーン」日本の草の根からの発言は、福島に続き兵庫から非核「神戸方式決議」50周年の意義と活動報告、静岡からは若者グループの反核平和の取り組み報告がありました。最後に「焼津アピール」の提案、採択があり集会を終えました。