強制連行による中国人犠牲者を追悼するつどいを開催

例年9月に行われている「追悼のつどい」が、今年は9月6日、兵庫区の宝地院にて開かれました。  午後1時30分より中川住職の読経があり、参加者全員が焼香を行い、強制連行によって命を落とした中国人犠牲者の冥福を静かに祈りました。

続く午後2時からは、安井三吉・神戸大学名誉教授による講演が行われ、兵庫県内における強制労働の実態、そして戦後の遺骨送還運動について詳しいお話がありました。

戦争遂行のための労働力確保を目的として、1942年11月の閣議決定「華人労務者内地移入に関する件」に基づき、華北を中心に約4万人の中国人が国内135事業所へ送り込まれました。そのうち、実に7千人近くが過酷な労働の中で命を落としています。

兵庫県では、相生の播間造船所に490人(死者28人)、神戸港に996人(死者17人)が強制的に働かされました。相生で亡くなった28人のうち3人の遺骨が市営墓地に埋葬されていたことが判明し、1957年9月、日中友好協会神戸支部役員や宝地院住職・中川浩安師らが相生市長と交渉のうえ発掘を実施。遺骨は宝地院に安置され、法要が営まれました。

その後、同年10月19日には関帝廟で「兵庫県殉難中国人慰霊祭」が行われ、翌1958年4月には白山丸による第8次遺骨送還が実施されました。この船には、戦後13年間もの間、北海道の山中をさまよい生き抜いた劉連仁(山東省出身)も乗船していました。

神戸では1999年10月、「神戸港における戦時下朝鮮人・中国人強制連行を調査する会」が結成され、調査が進められましたが、遺骨の所在は不明のままでした。その後、関係団体の協力により、2008年7月には「神戸港平和の碑」が華僑総会ビル前庭に建立され、犠牲者を追悼し平和を願う場として今日まで大切に守られています。

「尼崎平和のための戦争展」開催されました

今年で 31回目 を迎える「尼崎平和のための戦争展」が、8月21日から23日までの3日間、尼崎市立中央北生涯学習プラザで開催されました。 長年続く取り組みだけに、会場には地域の歴史を伝える資料や市民の思いが丁寧に並び、訪れた人々が静かに展示を見つめる姿が印象的でした。

実行委員会は、市内のさまざまな団体が力を合わせて構成されており、地域ぐるみで平和を考える場として定着しています。

📚 多彩な展示と体験のコーナー

会場には、戦争の記録や写真、地域に残る資料を紹介する展示コーナーのほか、 ・紙芝居 ・映画上映会 ・被爆体験・戦争体験の語り部コーナー など、子どもから大人まで幅広い世代が参加できる内容が揃っていました。

紙芝居の前では小さな子どもたちが真剣な表情で見入っており、語り部のコーナーでは、来場者が静かに耳を傾けながらメモを取る姿も見られました。 「体験を語り継ぐ」という取り組みが、世代を超えて受け継がれていることを感じさせます。

👶 初日の朝には保育園児も来場

初日の朝一番には、近くの保育園の子どもたちが先生に連れられて見学に訪れました。 小さな手をつないで展示を見て回る姿はとても微笑ましく、戦争展が地域の教育の一環としても活用されていることが伝わってきます。

幼い頃から「平和について考えるきっかけ」を持つことは、きっと大切な経験になるはずです。

🎥 映画「はだしのゲンはまだ怒っている」上映

22日には大ホールで、映画 「はだしのゲンはまだ怒っている」 の上映が行われました。 原爆の悲惨さと、今も続く課題を問いかける作品で、多くの来場者が足を運びました。

上映後には、作品の余韻を胸に静かに会場を後にする人の姿が多く見られ、映画が投げかけるメッセージの重さを感じさせました。

🌿 おわりに

「戦争展」は、ただ過去を振り返るだけの場ではなく、 “平和を守るために、今できることを考える場” として、地域に根付いてきました。

今年も多くの人が足を運び、展示や語り部の言葉からさまざまな思いを受け取った3日間でした。 来年もまた、地域の力で平和の大切さを伝える取り組みが続いていくことでしょう。

平岡 敬・元広島市長の提言

「素直に怒れ──戦争を止めるために、中国と敵対することに意味はない」

広島市長を1991年から2期8年務めた平岡敬(ひらおか たかし)さんは、現在98歳。ご高齢ながら、いまも「アメリカによる核爆弾投下の責任追及」「二度と核兵器が使われない世界をつくるために」などのテーマで講演を続け、新聞・雑誌への寄稿も精力的に行っています。

その平岡さんが最近示した「歴史を学ぶことの重要性」という主張の中から、特に「中国と日本の近年の関係」について語られた部分を紹介します。

歴史を学ぶことの大切さ

平岡さんはまず、日本人の歴史認識の欠落を指摘します。

日本は1931年の満州事変からずっと中国と戦った。多くの日本人は米国と英国に負けたとは思っているが、中国に負けたとは思っていない。そもそも中国と戦争したことすら意識していない。中国との戦争が行き詰まり、米英との戦争に突き進んだのだ。

中国への侵略、そして満洲国建設は明らかな誤りだった──平岡さんはそう断言します。

ところが近年、日本政府は再び中国を敵視する方向へ舵を切りました。安倍政権期には沖縄・与那国島への自衛隊配備が進み、南西諸島の軍事拠点化が加速。さらに2023年、岸田政権は安保三文書を改訂し、敵基地攻撃能力の保有を明記。日本は「専守防衛」から「戦争ができる国」へと道を開いた、と平岡さんは警鐘を鳴らします。

中国と敵対することに意味はない

平岡さんが強調するのは、外交の重要性です。

1972年の日中共同声明には、次の三点が明確に示されています。

  1. 中華人民共和国が唯一の合法政府である(「一つの中国」)

  2. 日本が中国に与えた甚大な損害について、中国は賠償を求めない

  3. いかなる問題も戦争ではなく話し合いで解決する

この共同声明を具体化したものが、後の「日中平和友好条約」です。

平岡さんは言います。

15年間も迷惑をかけ続けた日本に対し、中国は賠償を求めないと言ってくれた。その恩義を日本は忘れてはならない。

これは毛沢東だけの言葉ではなく、蒋介石も「徳を以て接す」と述べ、報復しない姿勢を示しました。 中国側は「日本政府の軍国主義は悪いが、日本人民は違う」と区別して考えてきたのです。

平和への道を開くのは外交・教育・メディア

平岡さんは、戦争への道を開くのも、平和への道を開くのも、最終的には外交と教育、そしてマスメディアの役割だと語ります。

日本は戦争への反省が十分ではなく、歴史を直視しないまま対立を煽れば、望まなくとも戦争は起こる──その危機感が平岡さんの言葉には込められています。

中国と敵対することに意味はない。

いまこそ耳を傾けたい提言

最近の日本では、政府は中国に対し「喧嘩腰外交」、マスメディアは「嫌中報道」が目立ちます。 こうした空気の中で、平岡さんの提言は、私たちが立ち止まり、歴史を見つめ直すための貴重な指針となるはずです。

この言葉を、日本人すべてに届けたい。ぜひ読んでほしいと思います。

参考資料

  • 月刊《地平》 2026年3月31日号

  • 季刊《道》229号

  • Yahoo!ニュースエキスパート(2026年3月5日)

8・15 平和のつどい

― 終戦の日に、戦争を語りつぎ未来を考える集い

毎年、終戦の日にあわせて開かれてきた「平和のつどい」。 今年も兵庫区・妙法華院の本堂で、静かに、そして温かく開催されます。

戦争体験を語り継ぐ人が少なくなる中で、平和への思いを共有し、次の世代へとつないでいく大切な機会として続けられてきました。 お盆の時期でもあり、亡くなられた方々を偲びながら、平和の尊さを改めて胸に刻む時間となりそうです。

📅 開催概要

  • 日時:8月15日(土)13時30分〜

  • 会場:兵庫区・妙法華院 2階本堂

  • 講演テーマ: 「戦前、侵略戦争 NO! 子どもを守る教師がいた!」

  • 講師:田中隆夫さん(国治安維持国賠同盟 県本部副会長)

  • 参加協力費:500円

  • 主催:兵庫の「語りつごう戦争」展の会

🎤 講演の見どころ

今回の講演では、戦前の厳しい社会状況の中でも「子どもを守る」という信念を貫いた教師たちの姿が紹介されます。

国家総動員体制が強まり、自由な教育が制限されていった時代。 そんな中でも、子どもたちの未来を守ろうとした教師が確かに存在しました。

田中隆夫さんは、長年にわたり治安維持法や戦争責任の問題を研究し、語り継ぐ活動を続けてこられた方です。 戦前の教育現場で何が起きていたのか、そして今の時代に何を学ぶべきなのか―― 静かに、しかし力強く語りかけてくださることでしょう。

🌿 平和を思うひととき

妙法華院の本堂は、落ち着いた雰囲気の中で心を整えられる場所です。 お盆の時期に訪れると、どこか懐かしい気持ちになり、平和への祈りが自然と湧いてきます。

戦争を体験した世代が少なくなる今、こうした場で「語りつぐ」ことの意味はますます大きくなっています。 参加者同士が思いを共有し、未来へ向けて平和をどう守るかを考える、そんな温かい集いです。

✨ 参加の呼びかけ

主催の「語りつごう戦争」展の会は、 「終戦の日に、平和への思いをともにしませんか」と広く参加を呼びかけています。

どなたでも気軽に参加できる会です。 ぜひ足を運んでみてください。

各地で「戦争展」が開かれます

夏の訪れとともに、兵庫県内の各地域で恒例の「戦争展」が開催されます。 戦争の記憶を語り継ぎ、平和の尊さを次の世代へ手渡すために続けられてきた取り組みで、今年も多くの市民団体が力を合わせて準備を進めています。

展示資料や写真、体験談、地域に残る戦争遺跡の紹介など、内容は地域ごとに特色があり、毎年足を運ぶ方も少なくありません。 静かに展示を眺める時間は、日々の暮らしの中で忘れがちな「平和のありがたさ」を改めて感じるひとときとなります。

📍 第27回 加印平和のための戦争展

日時:7月31日(金)13時 ~ 8月2日(日)16時 会場:加古川総合庁舎1階「かこむ」

加古川・稲美・播磨地域で続けられてきた「加印戦争展」は今年で27回目。 地域に残る戦争の記録や市民が集めた資料が並び、毎年、親子連れや若い世代の姿も見られます。 会場の「かこむ」はアクセスもよく、気軽に立ち寄れる雰囲気です。

📍 守ろう平和・なくそう戦争展 in 宝塚2026

日時: ・8月10日(月)10時~18時 ・11日(火・祝)10時~16時 会場:宝塚市立西公民館

宝塚では「守ろう平和・なくそう戦争展」が開催されます。 市民ボランティアの熱意で続けられてきた展示で、戦争体験者の証言や地域の歴史資料が丁寧に紹介されます。 公民館ならではの温かい雰囲気の中で、ゆっくりと展示を見て回ることができます。

📍 第31回 尼崎平和のための戦争展

日時: ・8月21日(金)9時~18時 ・22日(土)9時~18時 ・23日(日)9時~16時 会場:尼崎市立中央北生涯学習プラザ

尼崎では今年で31回目となる「尼崎戦争展」が開かれます。 長年続く取り組みだけに資料も充実しており、地域の戦争遺跡や市民の証言など、尼崎ならではの視点で平和を考える展示が並びます。 期間中は親子で訪れる方も多く、世代を超えて語り合う姿が見られます。

🌿 おわりに

これらの戦争展は、いずれも地域の実行委員会が中心となって開催されています。 「戦争の悲しみを繰り返さないために、できることを続けたい」という思いが、静かな展示の一つひとつに込められています。

夏の一日、少し足を止めて平和について考える時間を持ってみるのも良いかもしれません。

兵庫県原水協が理事会を開催

NPTニューヨーク行動の参加者が現地のようすを報告

5月17日、兵庫県原水協の理事会(総会)が開かれ、午前中には4月27日~5月22日に国連本部で行われた「NPT(核不拡散条約)再検討会議」へ兵庫県から参加した4名による報告が行われました。

■ NPT再検討会議の意義と日本代表団の動き

まず、梶本事務局長が今回の会議の意義や国際情勢、日本代表団の取り組みについて説明しました。 日本からは約100名が参加し、全員が会議を傍聴できたことは「画期的だった」と強調されました。

■ 民医連関係者3名による現地報告

続いて、東神戸病院の相野さん、神戸医療生協の木村さん、民医連兵庫県本部の堤さんの3名が、まとまって現地での行動を紹介しました。

4月25日に成田を出発し、カナダ・トロントを経てニューヨーク入り。 会議前日の26日には、アメリカの平和運動家や世界各国の参加者とともに、公立図書館前での集会や国連本部へ向かうパレードに参加したとのことです。

■ ニューヨークでのメーデーにも参加

5月1日にはニューヨークのメーデーに参加し、マムダニ市長とも直接会う機会があったと報告されました。 一方で、物価の高さには驚かされたようで、「お昼に食べたハンバーガーセットが4千円もした」というエピソードには会場からもどよめきが起きました。

「核兵器のない世界へ」

2026年 3・1ビキニデー集会が静岡・焼津で開催
ビキニ水爆実験による被災から72年となる3月1日、静岡県焼津市で「2026年 3・1ビキニデー集会」が開かれ、会場とオンライン合わせて約1700人が参加しました。世界情勢が緊迫する中、核兵器廃絶への思いを共有する場となりました。

🎶 開会は合唱から
静岡のうたごえと焼津中央高校生による合唱で幕を開け、
• 静岡県原水爆被害者の会・松本副会長
• 中野焼津市長
• 日本被団協・濱住事務局長
があいさつを行いました。
主催者報告では、日本原水協の高草木博氏が、アメリカとイスラエルによるイランへの武力攻撃を強く批判し、即時停止を訴えました。

🕊 ビキニ事件の証言と報告
ビキニ事件に関わるさまざまな立場から、当時の体験や現在の課題が語られました。
• 杉村さん(当時・焼津中学2年)
原水爆禁止署名を集めた経験を紹介
• マーシャル諸島からのオンライン報告
今も続く核汚染の苦しみを証言
• 高知・太平洋核被害支援センター 濱田氏
被災船員への聞き取り調査を報告

🌐 日米韓による鼎談
国際的な視点から核問題と市民運動の現状が語られました。
• アン・ライト氏(米国退役軍人の会)
トランプ政権への市民抗議の広がりを紹介
• イ・テファン氏(韓国・民主労組副委員長)
米国依存に諦めていた韓国市民の意識変化を報告
• 吉良よし子参議院議員
「抑止力」依存を批判し、核兵器禁止条約への参加を呼びかけ

🕯 久保山愛吉さんの墓前祭
午前中には、日本宗教者平和協議会主催で、
ビキニ被災半年後に亡くなった**久保山愛吉さん(第五福竜丸無線長)**の墓前祭が弘徳院で行われました。
焼津駅前から弘徳院までの墓参行進も実施され、多くの参加者が平和への思いを新たにしました。

🌍 国際交流会議も開催
2月27日には静岡市で「核兵器のない平和な世界に転換を!」をテーマに国際交流会議が開かれました。
オンラインを含め、
• アメリカ:ジョセフ・ガーソン氏
• フランス:レティシア・プランシュ氏
• コスタリカ:カルロス・ウマーニャ氏
• 韓国:イ・ジュンキュ氏
• 日本原水協:土田弥生氏
らが報告し、世界の核問題と平和運動について活発な討論が行われました。

✨ まとめ
今年のビキニデーは、核兵器廃絶を願う国内外の声が集まり、
「核兵器のない世界へ」という共通の願いを再確認する場となりました。
緊迫する国際情勢の中で、平和を求める市民の連帯が一層重要になっています。

戦後80年を日中戦争から考える——講演と芝居のつどい(大阪府連主催)

 9月15日午後、協会大阪府連主催による「戦後80年を日中戦争から考える」つどいが大阪市内で開催され、約150名が参加しました。

第1部:朗読劇「りゅうりぇんれんの物語」
 最初の部では、劇団ENによる二人芝居「りゅうりぇんれんの物語」が上演されました。朗読劇の形式で演じられたこの作品は、詩人・茨木のりこさんが書き下ろした物語です。
 モデルとなったのは、日中戦争末期に中国から北海道石狩の炭鉱へ強制連行され、昭和20年7月に脱走。その後、14年間にわたり北海道の山野で生き抜いた一人の男性です。過酷な時代を生きた人々の姿が、静かな語りと力強い演技によって浮かび上がりました。

第2部:原田敬一氏による講演「日中戦争」と「中日戦争」から考える
 続いて、佛教大学名誉教授・原田敬一氏による講演が行われました。テーマは「日中戦争」と「中日戦争」から考える歴史認識の違いです。
 日本では、日中戦争を1937年の盧溝橋事件から始まったとする見方が一般的ですが、中国では1894年の日清戦争から始まったと捉えられています。原田氏は、下関条約によって日本が中国山東地域の権益と台湾を得たこと、日露戦争後に南満州鉄道を手に入れたことなどを振り返りながら、日本の軍部がどのように出兵を拡大していったかを丁寧に解説されました。
 張作霖爆殺事件、柳条湖事件、満州国樹立、そして中国との全面戦争から太平洋戦争へと続く流れの中で、日本は広島・長崎への原爆投下を経て敗戦を迎えました。
 戦後、日本は連合国の統治を受け、新しい憲法を手にしました。その憲法は、日本が再び戦争を起こさないよう、軍隊を持たないことを明記しています。原田氏は、この憲法の意義を今改めて考えることの重要性を強調されました。

中国人強制連行犠牲者を悼む「追悼のつどい」開催

9月7日午後、兵庫区の宝地院にて、1998年から続く「中国人強制連行犠牲者追悼のつどい」が開かれました。今年は初めて参加された方も含め、15名が集まりました。

はじめに中川住職より、強制連行の歴史や背景についての説明がありました。その後、読経の中で参加者一人ひとりが焼香し、静かに祈りを捧げました。厳かな雰囲気の中、犠牲者への思いを新たにする時間となりました。

第2部:神戸港の歴史と慰霊碑の紹介
続いて第2部では、神戸学生・青年センターの飛田雄一理事長より、戦前・戦後の神戸港における労働者や連合軍捕虜の実態についてお話がありました。

中国や朝鮮から連れてこられた労働者の中には、強制的に連行された方々もおり、過酷な労働を強いられていました。そうした歴史を忘れないため、2007年には神戸華僑総会の協力のもと、KCCビル敷地内に慰霊碑が建立されました。

また今年3月には、オーストラリアから連合軍捕虜のご遺族が神戸を訪問され、飛田理事長がご案内されたことも紹介されました。国境を越えた記憶の継承が、静かに、しかし確かに続いています。

原水爆禁止2025年世界大会レポート

被爆80年 ― 今こそ決断と行動を
2025年8月、広島・長崎を舞台に「原水爆禁止2025年世界大会」が開催されました。今年は被爆から80年という節目の年。核兵器廃絶への思いを新たに、国内外から多くの参加者が集い、歴史と未来をつなぐ意義深い交流が行われました。

🕊 被爆体験の継承と未来へのメッセージ
8月3日から始まった国際会議では、4日に「被爆体験の継承と未来―被爆80年広島のつどい」が開催されました。
3人の被爆者による証言に加え、黒い雨による被爆や体内被爆といった、まだ広く知られていない体験も共有されました。
続いて「被爆者からあなたへ―あなたから世界へ」と題したリレートークでは、被爆者団体、スペイン代表、新日本婦人の会、高校生平和ゼミナール、そして「原爆の絵」に取り組む基町高校生が、それぞれの視点から平和への思いを語りました。

🌐 国際連帯と運動の広がり
5日には2つのフォーラムと12の分科会が開催され、海外15カ国からの参加者を含む多くの人々が交流。核兵器廃絶に向けた運動の強化を誓い合いました。
フォーラムⅡ「議員と市民の国際連帯」では、英国・ベルギー・ドイツ・米国・日本の国会議員や欧州議員が登壇。会場からの質問に答えながら、各国の取り組みを共有しました。
6日には広島市主催の「平和記念式典」の後、「世界大会ヒロシマデー集会」が開かれ、国連事務次長・中満泉さんからの挨拶もありました。

🚨 世界情勢と核兵器禁止条約の意義
今年の大会では、被爆体験の継承が大きなテーマとなりました。
ウクライナ戦争、ガザでのジェノサイド、イラン核施設への攻撃など、核兵器使用の危険が再び高まる中、核兵器禁止条約の発効と74カ国による批准が希望の光となっています。

👥 若者と労働組合の力
今年は例年の約3倍となる220人以上が海外から参加。特に労働組合関係者が多く、初の「労働組合国際会議」が開催されました。
また、若い世代による「世界と日本の青年シンポジウム」では、闘いと運動の交流が活発に行われました。

🕯 長崎デー集会に3200人が参加
8月9日に開催された「世界大会長崎デー集会」には、会場とオンラインを合わせて約3900人が参加。
冨田宏冶・国際会議宣言起草委員長による報告、被爆者でノーベル平和賞授賞式にも参加した田中重光さんの挨拶、そして11時2分の黙とうが行われました。
エジプト・ベルギー・イギリスの代表による発言や、梶田隆章・前日本学術会議会長のメッセージも紹介されました。

🌍 神戸での国際交流
10日夜には神戸市内で海外代表との交流会が開催されました。
大雨の影響で一部代表が参加できなかったものの、エジプト代表との交流が実現し、国際的な連帯の輪が広がりました。

✨ 未来へ向けて
被爆80年という節目に、世界中から集った人々が核兵器廃絶への思いを共有し、行動の決意を新たにしました。
この大会が、次の世代へ平和のバトンを渡す大きな一歩となることを願ってやみません。