漢詩を読む会・王維「秋夜独坐」を読む

白楽天の詩には王維の生き方や詩を意識したところがみられる

10月19日に開催した第19回「漢詩を読む会」は、盛唐の詩人・王維の「秋夜独坐」を中心に丹羽博之大手前大学教授の解説で読みました。

「王維」(701~761、生没年は699年~759とする説もある)。字は摩詰、太原(山西省)の人。子どもの時から聡明と言われた。15歳の時、科挙の準備で都へ出て、優れた詩を作り、画・書・音楽の才能にも恵まれ王侯貴族たちの寵児となった。王維の多才な資質はもてはやされ、21歳の若さで進士に及第する。

役人となった王維は、官僚生活の合間に心を休める別荘を都の南藍田山の麓に求め「輞川荘」と名づけ半官半隠の暮らしを楽しんだ。晩年の755年に勃発した安禄山の乱で賊軍に捕まり裁判にかけられた。要職にあった弟の嘆願により官を下げれただけで事なきを得てその後、尚 書右丞(書記官長)にまで進んだ。王維は熱心な仏教信者であった。

王維の生き方や詩は白居易(字は楽天、772~846)にも影響を与えている。江州司馬に左遷された白は、盧山に草堂を構え、秋の一夜、雨の中独り草庵に坐し、王維の「秋夜独坐」の境遇に共感した。白楽天が政争の渦巻く都長安から逃れて、独善・保身を図る処世法を選んだ背景の一つに、王維の生き方があったのではないか。

  「秋夜独坐」 王維

独坐悲双鬢 独坐 双鬢を悲しみ

空堂欲二更 空堂 二更ならんと欲す

雨中山果落 雨中 山果落ち

灯火草虫鳴 灯火 草虫鳴く

白髪終難変 白髪 終に変じ難く

黄金不可成 黄金 成すべからず

欲知除老病 老病を除くを知らんと欲せば 

唯有学無生 唯 無生を学ぶ有るのみ

「廬山草堂、夜雨独宿  寄牛二・李七・庾三十二員外」 白楽天

丹霄攜手三君子 丹霄手を攜ふ 三君子 

白髪垂頭一病翁 白髪頭に垂る 一病翁

蘭省花時錦帳下 蘭省花時 錦帳の下

廬山夜雨草庵中 廬山夜雨 草庵の中

終身膠漆心応在 終身膠漆 心応に在るべし

半路雲泥跡不同 半路雲泥 跡同じからず

唯有無生三味観 唯だ無生三味の観有るのみ

栄枯一照両成空 栄枯一照 両に空と成る

次回「漢詩を読む会」は12月14日(土)午後2時~4時

参加予約は ☎078-412-2228 へ

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