中唐・張継の「楓橋夜泊」を読む

月落ち烏啼き霜天に満つ

10月28日、神戸東灘区文化センターで開催した「漢詩を読む会」は張継の楓橋夜泊を読みました。

張継は生没年未詳、天宝十二(753)年に進士に及第。初めは節度使の幕僚となり、また塩鉄判官となった。校大暦年間(766~779)になり朝廷に入り、検校祠部郎中となった。博識で議論好きな性格。政治に明るくて郡を治めた時は立派な政治家だという名声があがった。清らかな風采で道者の風があったと言われている。

楓橋夜泊  張継

月落烏啼霜満天 月落ち烏啼いて 霜 天に満つ

江楓漁火対愁眠 江楓漁火 愁眠に対す

姑蘇城外寒山寺 姑蘇城外の寒山寺

夜半鐘声到客船 夜半の鐘声 客船に到る

月は沈み、烏が啼き、霜のおりる気配があたり一面に満ちている。長江沿いの楓、漁舟のひかり、旅の愁いに眠れぬ私の眼にそれらが入る。蘇州のまちはずれの寒山寺から、夜更けに鐘の音がこの旅路の舟の中まで聞こえてくる。

張継は生まれた年も亡くなった年もわからず、この一首の詩によってのみ名を知られていると言える。この詩が有名になったのは清代末の学者で、名高い書家でもあった兪樾が書いた書が石碑となっており、その拓本が非常に多く伝わっていることがあるからだろう。蘇州の寒山寺は、もともとあまり訪れる人もない、さびれたお寺だったが、この詩を読んで訪ねて来る日本人が沢山いたため、建て直されて立派な観光地になったということです。

「漢詩を読む会」次回は来春3月頃を予定しています。

蕎麦の白い花は中秋の名月にふさわしい

白居易が七言絶句「村夜」に詠う

中国には中秋(旧暦八月十五日)の夜に月が出なければ、兎が孕まず、蚌(はまぐり)は胎(みごも)らず、蕎麦は実らぬ、という言い伝えがある。兎も蚌も、月にまつわる伝説に関係する生き物だが、蕎麦は、その白い花が中秋の名月にふさわしいからであろうか。

蕎麦の花は、六朝梁代以前の詩文のアンソロジーである「文選」には、見えない。それが詩歌にうたわれるのは、唐以後のようである。白居易(772~846)の「村の夜」と題する七言絶句は、その早い一例であろう。

「村 夜」  白居易 (七言絶句)

霜草蒼蒼蟲切切  霜草 蒼蒼 虫 切切

村南村北行人絶  村南 村北 行人絶ゆ

獨出門前望野田  独り門前に出でて 野田を望めば

月明蕎麦花如雪  月明らかにして 蕎麦 花 雪の如し

霜がれの草は蒼蒼と、青白く、虫が切切と、しきりに鳴くころ、村の南でも北でも、道行く人の影は途絶えた。ひとり門前に出て、かなたの田んぼを眺めやれば、明るい月の光のもと、蕎麦の花が雪のように白い。

白楽天の詩らしく、平易である。平易ななかに、そこはかとない哀しみを感じさせるのは、詩人の母の死という背景があるからかも知れない。詩人四十歳のとき、母が死んだ。長安の西郊に埋葬し、喪に服していたときの作といわれる。月光に浮き出した白い蕎麦の花に母の面影を見ていたのかも知れない。(一海知義著・「漢詩一日一首 秋・冬」より)

北宋の司馬光「初夏」を読む

司馬光(1019年~86)の名は、「資治通鑑」の著者として、また革新派王安石に対立する保守派の巨頭として、知られる。革新派に革新らしい詩があるように、保守派には保守派らしい詩が残っている。題して「初夏」。

四月清和雨乍晴  四月清和雨乍ち晴れ

南山当戸転分明  南山戸に当たって 転た分明なり

更無柳絮因風起  更に柳絮の風に因って起こるなく

惟有葵花向日傾  惟だ葵花の日に向かって傾くあるのみ

「四月」は陽暦の五月から六月にかけて、初夏である。「清和」は、すがすがしくなごやかなこと。「転」は、ますます、いちだんと。「柳絮」は、まっ白い綿毛をつけた柳の種子、それが空いちめんに舞うのは、晩春から初夏にかけての風景である。「葵花」は、ひまわりの花。

夏のはじめ、気候はすがすがしくなごやかに、雨が降っていたかと思うとたちまちあがる。雨があがり、南の山は玄関の真正面に、いちだんとくっくり姿を見せる。いつもなら空いちめんに舞う柳の綿毛も、今日はいっこうに風に舞いたつ気配もない。静かな昼下がり。ただひまわりの花だけが、太陽に向かって咲きほこっている。

漢詩を和訳するのは難しい。解釈はできても、訳をつけるのは、なかなか困難である。コンパクトな漢語をシラブルの多い和語に移すときに生ずる違和感、また、日本語のぬけがたいリズムである七五調や五七調のもつなだらかな雰囲気と漢語あるいは訓読調のもつ緊迫感との落差、それらが壁になる。しかし、上の詩などは、文語調の和訳をあるていど許容するかに見える。土岐善磨氏は、この詩を次のように訳している(「新版鶯の卵」春秋社)。

はつなつ

サツキの雨は いま晴れて

みなみの山は あざやかに

柳のはなの  飛びもせず

ひまわりのみぞ 日に向う

漢詩の和訳は、さらにさまざまな実験がこころみられてもよいのではないか。(一海知義著 漢詩一日一首 春・夏編 平凡社)

漢詩を読む会を開催、杜牧「江南春」を読む

昨年11月以来の開催に会場満席の盛況

「漢詩を読む会」は昨年11月以来5か月ぶりの開催で、4月15日は会場満席(写真)となりました。この日のテーマは晩唐の詩人・杜牧の代表作の一つ「江南春」。丹羽博之大手前大学教授の解説で詩の背景や江南地方の映像と詩の朗読動画を見ながら読みました。

丹羽教授は、この詩について、詩の背景を説明した資料「千里鶯啼いて」を引用し、「杜牧は晩唐を代表する詩人で、酒と詩を愛し、女性たちに騒がれたり、どこに行くのにも船に酒を積んで出かけたりと風流才子の異名をほしいままにしたが、一方、詩の世界では洗練された風景描写の中に、独特の味わいを出して、唐の詩人の中でも特に日本人に愛好された詩人」で す。「江南春」は江南(長江の南部一帯)の風景のすばらしさを詠んだ杜牧の代表作の一つですと紹介しました。また、詩の中の「千里」「多少」は和漢異義語で日本語とは意味が異なるので注意が必要と「故人」など他の例もあげ説明しました。

江南春(江南の春) 杜牧(803~852)

千里鶯啼緑映紅 千里鶯啼いて緑紅に映ず

水村山廓酒旗風 水村山廓酒旗の風

南朝四百八十寺 南朝四百八十寺(せんじ

多少楼台煙雨中 多少の楼台煙雨の中

見渡す限り千里のかなたまでも鶯の鳴く声が満ちる中、春の緑は赤い花々と映りあって美しい。水辺の村、山沿いの里に居酒屋の旗をひらめかせて風が吹く。南朝時代の江南地方には四百八十を数える寺院があったといわれるが、沢山の楼台が、煙のように立ち込める雨の中に見える。

・唐代の一里:約560m 

・酒旗:飲み屋の看板に使われた青い布ののぼり

・八十:「はせん」と読むのは平仄をあわせるため

・多少:いかほどの意の疑問詞。感嘆詞・反語となって数の多いことを強調する。

杜牧の風景を詠んだ詩には、独特の色彩感があります。当日紹介された下の詩は江南地方の秋の季節感を感じる詩です。

杜牧「寄揚州韓綽判官」 揚州の韓綽判官に寄す 

青山隠隠水迢迢 青山隠隠 水迢迢

秋尽江南草木凋 秋尽きて 江南 草木凋む

二十四橋名月夜 二十四橋 名月の夜

玉人何処教吹簫 玉人 何れの処にか吹簫を教うる

晩唐の詩人・杜牧「清明」

清明(清明節)は、春分の日から十五日目

清明は花の季節であり、人々は郊外に遊び、またピクニックをかねて墓参りをした。晩唐の詩人杜牧(803~53)に「清明」と題する七言絶句がある。

清明時節雨紛紛 清明の時節 雨紛紛

路上行人欲断魂 路上の行人 魂を断たんと欲す

借問酒家何処有 借問す 酒家 何れの処にか有る

牧童遥指杏花村 牧童 遥かに指す 杏花の村

花の季節は雨が多い。「常年 春日 春晴すくなし」、あるいは「一春 略ね十日の晴なし」などといわれるように、春は雨の日が多い。清明の時節に、しきりに降る雨。雨の降りしきる道を、ひとりの旅人がゆく。楽しかるべきこの季節、ただひとり旅ゆく人の胸は、かえってさみしさにしめつけられる。せめてこのさみしさを酒にまぎらわそうと、借問す、ちょっとたずねてみる。居酒屋はどのあたりにあるのかね。たずねられたのは、牛の背にまたがった少年、牧童である。少年は黙ったままゆっくりと指さした。それは杏の花咲くかなたの村だった。

一幅の画を見るようなこの詩を、ベトナムの故ホー・チ・ミン大統領は、次のように詠みかえている。

清明時節雨紛紛 清明時節 雨紛紛 

籠裏囚人欲断魂 籠裏の囚人 魂を断たんと欲す

借問自由何処有 借問す 自由 何れの処にか有る

衛兵遥指弁公門 衛兵 遥かに指す 弁公門

「籠裏」牢獄の中。ホー・チ・ミンは、1942年、ベトナム独立同盟から使命を託されて中国に入り、蒋介石の軍隊にとらえられて牢獄につながれた。その時の、いわば戯作である。「弁公門」は役所の門。ここでは刑務所の門をさす。この詩、あまりにも原詩につきすぎているが、ホー氏のユーモアは、その楽天性にうらうちされている。(一海知義著・漢詩一日一首より)

漢詩を読む会4月は杜牧「江南春」

「漢詩を読む会」は4月15日に開催します!

昨年11月以降しばらく休講していた「漢詩を読む会」を再開します。今回のテーマは日本でよく知られた杜牧の「江南春」。丹羽博之先生の解説で読みます。どなたでも参加頂けますのでお気軽にお誘い合わせてお越し下さい。

日時:2023年4月15日(土)午後2時~3時30分

会場:神戸市立東灘区文化センター8階会議室3(JR住吉駅下車すぐ)

講師:丹羽博之 大手前大学総合文化学部教授

テーマ:杜牧「江南春」

資料代:1,000円

定員:20人(メール、電話でご予約下さい!)

日中友好協会兵庫県連合会「漢詩を読む会」

Tel&Fax:078-412-2228

E-mail: okmt50@nicchu-hyogokenren.net

良寛の漢詩「下翠岑」を読む

子供らの天真爛漫をこよなく愛した

良寛(1757~1831)は越後の名主の長男に生まれたが、家は弟に譲り、出家して良寛と称し、大愚と号した。国仙和尚に従って備中の玉島で十七年間修業したが、和尚の死後、越後に帰った。生家には戻らずあちこちの寺や草案を転々とした。四十七歳から十三年間、山中に隠遁している。五十九歳で村里に下り「霞立つ長き春日を子供らと手まりつきつつ今日も暮らしつ」などの歌で知られるように。村の子どもの相手をして暮らしたが、彼はその子どもらの天真爛漫をこよなく愛した。そして、その逆の「気取り」を極度に嫌った。好まぬもの三つ、詩人の詩、書家の書、料理人の料理という。

漢詩については、技巧の詩を批判した詩に「心中の物を写さざれば、多と雖も復た何をか為さん」といい、詩の形式である押韻や平仄などおかまいなしの破格ばかり作った。この詩も韻は踏んでいるが、平仄は無視した破格である。そして、「誰か我が詩を詩と謂う、我が詩は是れ詩に非ず、我が詩の詩に非ざるを知り、はじめて与(とも)に詩を言うべきのみ」とその主張を五言詩に作っている。

「下翠岑」 翠岑(すいしん)を下る 五言絶句 良寛

擔薪下翠岑 薪を担って翠岑を下る

翠岑路不平 翠岑路平かならず

時息長松下 時に息(いこ)う長松の下

靜聞春禽聲 静かに聞く春禽の声

薪を背負って、緑一色の小高い山を下りる

緑の山道は険しくて平らかではない

時に大きな松の根元で一息入れる

そこここから春の鳥の鳴き声が聞こえ心静かに耳を傾ける

(石川忠久編 漢詩鑑賞事典より)

漢詩を読む会・11月は杜甫「登高」

七言律詩の傑作・杜甫「登高」を読みます

盛唐の詩人・杜甫(712~770)。字は子美、号は少陵野老、別号は杜陵野老とも呼ばれる。幼少の頃から詩文の才能があり、李白と並ぶ中国文学史上最高の詩人として、李白の「詩仙」に対し、「詩聖」と呼ばれています。11月の「漢詩を読む会」は杜甫の「登高」を丹羽先生の解説で読みます、ご参加下さい。

日時:2022年11月12日(土)午後2時~

会場:神戸市立東灘区文化センター8階会議室3

JR/六甲ライナー「住吉駅」下車、渡り回廊を東へ徒歩約3分

講師:丹羽博之 大手前大学総合文化学部教授

テーマ:杜甫「登高」

資料代:1000円   定員:20名

マスク着用でご参加お願いします。

予約申込み、お問合わせ

日本中国友好協会「漢詩を読む会」

Tel & Fax::078-412-2228

E-mail: okmt50@nicchu-hyogokenren.net

9月の漢詩を読む会は「仲秋の名月」

連日の猛暑とコロナ感染症の爆発的な拡大が続き大へん厳しい夏となっています。9月の「漢詩を読む会」を開催する頃には何れも減少してほしいと願うばかりです。6月以降休講していた「漢詩を読む会」は下記の通り再開します。

今回は、白楽天が仲秋の名月の夜に、遠くへ左遷中の親友・元九(元稹)を思いやった友情の漢詩を講読します。(画像は白楽天と元稹、百度中国より)

日時:2022年9月17日(土)午後2時~4時

会場:神戸市立東灘区文化センター8階会議室3(旧東灘区民センター)

JR住吉駅下車、改札を出て、表示に従い渡り回廊を東へ徒歩約3分

講師:丹羽博之 大手前大学総合文化学部教授

テーマ:「仲秋の名月」

資料代:1.000円   定員:20人

「白居易」 中唐 772~846

字は楽天。下邽(陝西省渭南)の人。自らは先祖の出身地を称して太原(山西省太原)の人という。その家は代々役人を出してはいるが、名望ある家柄ではなかった。父の白季庚は地方の役人で生涯を終わり、白居易が生まれたころは経済的にも恵まれない状態であった。十五歳のころから科挙の受験勉強に励み、そのため目を悪くし、頭に白髪がまじるほどであった。二十九歳の時、最初の受験で進士科に及第したが、十七人の及第者中、最年少であった。次いで三十二歳の時、試判抜萃科に及第した。この時の及第者八人の中に元稹がおり、共に校書郎を授けられ、終生の友情を交わすきっかけとなった。(石川忠久編 漢詩鑑賞事典より抜粋

主催:日本中国友好協会兵庫県連合会「漢詩を読む会」

連絡先:Tel&Fax:078-412-2228

E-mail: okmt50@nicchu-hyogokenren.net

6月の漢詩を読む会は反戦の漢詩―杜甫「石壕吏」

戦争が起こると兵士が必要になる。人のいやがる軍隊に進んで入る老人は皆無。しかし、劣勢が続くとそうした人々もかり出された。その時老人は如何なる行動を取ったか。露西亜でも兵士不足を補う為に人を捉えるという。

日時:2022年6月11日(土)午後2時~4時

会場:神戸市立東灘文化センター8階会議室3

※JR住吉駅下車、改札を出て左へ、渡り回廊を東へ徒歩約3分

講師:丹羽博之  大手前大学総合文化学部教授

テーマ:反戦の漢詩―杜甫「石壕吏」

資料代:1,000円  定員:20人(先着申込順)

主催:日中友好協会兵庫県連合会「漢詩を読む会」

Tel&Fax:  078-412-2228 

E-mail: okmt50@nicchu-hyogokenren.net