兵馬俑にまつわる知られざる物語

― 兵庫県連・今年の中国旅行で出会った“歴史の鼓動” ―

今年、日中友好協会兵庫県連の中国旅行は、甘粛省の敦煌、嘉峪関、そして陝西省の古都・西安を巡る一週間の旅でした。 その旅のハイライトとなったのが、20世紀最大の考古学的発見とも称される世界遺産「始皇帝兵馬俑」です。

4月15日付の県連ブログでは、 「壮大な歴史と大自然に抱かれた一週間、兵馬俑の“圧倒的存在感”に心が震える」 と題した旅行記が掲載されました。 記事には、 「兵馬俑はただ“圧巻”の一言。その迫力に参加者の誰もがしばらく言葉を失っていました」 と記されており、現地での感動がそのまま伝わってきます。

その“言葉を失うほどの兵馬俑”には、実はあまり知られていない発見と発掘の物語があります。 5月13日にNHK・BSで放送された番組では、その秘話が紹介されました。

■ 井戸掘りの村人が見つけた「歴史の扉」

1974年3月。 西安市臨潼区・西楊村の荒れ地で井戸を掘っていた村人、楊志発(ヤン・ジーファ)さんが、偶然陶製の人形のような破片を掘り当てました。

その地域では以前から似たような陶片が出土しており、 ・水入れに使う ・子どもが首の部分を転がして遊ぶ といった、なんとも素朴な扱いをされていたそうです。

しかしこの日、楊さんは掘り出した陶片を丁寧に集め、リヤカーに載せて村役場へ届けました。 ところが役場は「こちらで処理する」と言ったきり、何の連絡もなかったといいます。

■ 発掘に踏み切った考古学者・袁仲一先生

役場から連絡を受けたのが、考古学者の袁仲一(エン・チョンイー)先生でした。 陶片が「人形の頭部や体の一部」であること、そして始皇帝陵の近くで見つかったことから、 「これは始皇帝陵の副葬品ではないか」 と直感し、本格的な発掘に踏み切ります。

掘り進めると、想像をはるかに超える規模の兵馬俑が次々と姿を現しました。

しかし当時の中国は文化大革命の最中。 「旧思想・旧文化」を破壊する“破四旧運動”が吹き荒れ、寺院や石碑、古文書が次々と破壊されていた時代です。

もし「古い埋葬品が出た」と噂が広がれば、紅衛兵が押しかけて破壊される危険がありました。

袁先生は、毛沢東主席が秦の始皇帝を例外的に尊敬していたことに着目。 発掘品が始皇帝に関わる確かな証拠を探し求め、ついに武人俑の刀に刻まれた 「秦の宰相・呂不韋(りょふい)」 の名を発見。 これにより兵馬俑が始皇帝陵の副葬軍団であることが確定し、破壊を免れる道が開かれました。

■ 世界に兵馬俑を知らせた女性記者・オードリ・トッピング

しかし、発掘の事実は中国政府により厳重に秘匿され、写真撮影も固く禁じられていました。 そんな中、世界で初めて兵馬俑の姿を写真で紹介したのが、アメリカの女性ジャーナリスト オードリ・トッピングさんです。

外交官の父に同行して中国入りし、さまざまな制限をかいくぐって発掘現場に到達。 撮影した写真をアメリカの雑誌に発表し、世界を驚かせました。

「どうやって撮影できたのか」と問われた際、 オードリさんは冗談めかして 「女の涙は武器なのよ」 と語ったそうですが、真相は今も謎のままです。

■ 兵馬俑を“現代に呼び戻した”三人の功労者

こうして兵馬俑は破壊を免れ、世界の宝として日の目を見ることになりました。 その陰には、

  • 偶然の発見者・楊志発さん

  • 発掘を導いた考古学者・袁仲一先生

  • 世界に知らせたジャーナリスト・オードリ・トッピングさん

この三人の存在がありました。

県連旅行の添乗員・宋敏さんは、 「楊志発さんとお会いして感動した」 とSNSに投稿されていますが、その気持ちは多くの人が共感できるものだと思います。

■ 参考資料

  • 新華ネット(2026年5月15日)

  • 中日新聞(2022年9月15日)

  • NHK・BS(2026年5月12日放送「兵馬俑は見ていた」)

  • 百度百科

  • 宋敏さん Facebook(2026年5月)

13面27線!大型高速鉄道ハブ駅、まもなく開業へ!

5月7日、西安東駅が駅舎および関連工事の静態検査(静的验收)を正式に開始しました。 これは、西北地域の特大型鉄道総合交通ハブが竣工検査の最終段階へ全面的に移行したことを示し、今後の開業に向けて重要な一歩となります。

■ 静態検査とは

静態検査は、新設鉄道の竣工検査における重要工程で、 工務・通信・信号・電力・牽引供電・建築・環境保全など、 多くの専門分野にわたる現地検査とシステム総合検査を含みます。

■ 西安東駅の概要

西安東駅は、陝西省西安市灞橋区の「高鉄東城」核心エリアに位置し、 東に白鹿原、西に浐河を望みます。 デザインコンセプトは「秦山渭水・シルクロード長安」。

  • 駅規模:13面27線

  • 交通結節点:高速鉄道・在来線・地下鉄・バスなどが一体化

  • 国家「八縦八横」高速鉄道網の重要ノード

■ 静態検査の実施期間と範囲

第一段階の静態検査は5月7日〜9日に実施。 対象は駅舎建築、「四電」設備(通信・信号・電力・牽引供電)、 および付帯する生産・生活施設など。 駅舎・駅構内・設備・付帯工事を全方位で確認します。

■ 周辺路線の進捗

同時に、

  • 西十高鉄(西安〜十堰)

  • 西延高鉄(西安〜延安)耿鎮〜西安東駅区間

  • 西安鉄道ハブ郭北連絡線

などの連調連試(試運転・総合試験)も順調に進行中。 これらは西安東駅と同時に開業予定です。

■ 開業後の所要時間(予定)

  • 西安 → 十堰:1時間で直達

  • 西安 → 武漢:3時間で到達

  • 西安 → 延安:1時間以内に短縮

地域間移動が大幅に効率化されます。

■ 西安東駅の意義

西安東駅が開業すれば、

  • 西安鉄道ハブの旅客流動を大幅に緩和

  • 全国鉄道網における西安の拠点性がさらに強化

  • 内陸部の改革開放の新たな高地づくりを支援

  • 西部大開発の新たな局面形成に寄与

  • 「一帯一路」高品質発展の重要な支点に

といった多方面で大きな効果が期待されます。

 

供稿:《人民鉄道》報業有限公司 陝西記者站(西安局グループ会社 融媒体センター) 文字:申琦・李弢・黄鹏・柯航・刘盼利・牛欣 写真:刘翔・黄鹏・郝凯航 編集:段星佚 校閲:高珊

青海湖駅の物語

🚉全国的に有名なのに、守るのはたった一人の駅——青海湖駅の物語

2月27日の早朝、標高3260メートルに位置する青海湖駅は気温マイナス9度。刺すような寒風が、がらんとしたホームを容赦なく吹き抜けていた。

夜明け前、51歳の駅値班員・趙磊(ジャオ・レイ)はすでに一日の仕事を始めている。コンピューター画面に向かい、構内の線路使用状況や刻々と変わる信号を注視しながら、通過列車の運転士とリアルタイムで連絡を取り合う。

青海湖駅は青海省の省都・西寧から約130キロ、最寄りの海北チベット族自治州・海晏県の中心部から39キロ離れた場所にある。青蔵鉄道の五等駅で、列車の行き違いや臨時停車の確保を担う。毎日160本以上の列車がここを通過する。

駅には待合室も旅客もいない。ぽつんと建つ駅舎を守るのは、趙磊と孟青雲(モン・チンユン)の2人だけ。1週間交代で、昼夜を問わず勤務にあたっている。

「普段は調度員が遠隔で駅を管理しますが、工事や“天窓”と呼ばれる保守作業の際には、駅での手動管理に切り替わり、値班員が列車運行の組織、設備監視、各部署との調整をすべて担当します」と趙磊は説明する。

高原の冬春は厳しい寒さと雪に見舞われ、ポイント(道岔)は雪や氷で固まりやすい。そのため、ポイントの状態を常に監視し、必要に応じて保線部門へ除雪・除氷を連絡することが、冬春の重要な業務となる。

駅は町から遠く離れているため、休勤日は上下それぞれ1日1本だけの通勤列車に乗るしかない。2本の列車が青海湖駅に停車する間隔は50分。この50分が、2人が顔を合わせられる最も長い時間だ。

交代時には、引き継ぎ事項を事前にノートへ書き込み、一つひとつ丁寧に確認する。引き継ぎが終わると、互いに家から持ってきた食べ物を分け合う。列車が去れば、またどちらか一人が静かな駅を守る。

暇な時間、趙磊は行車室で軽いストレッチをして体をほぐす。ひとりの時間、駅に響くのは連絡機器の音と、時折通過する列車の「ガタン」という音だけ。あとは、ただ静寂が広がる。

行車室の窓辺には数鉢の観葉植物が置かれ、外の枯れた景色と対照的な緑を添えている。「普段はあまりに静かなので、植物を育てていると気持ちが和むんです」と趙磊は笑う。

今年は趙磊が青海湖駅を守って4年目、鉄道員としては30年目の節目。そして青蔵鉄道全線開通から20周年でもある。見届けてきた年月を思い返し、感慨深いという。

「20年で青蔵鉄道は“通る”だけの路線から、“優れた”路線へと大きく進化しました。設備はどんどん良くなり、勤務環境も整ってきました。新しい年も、孟青雲と一緒にしっかり駅を守りたいですね」と語る。

駅名は「青海湖」だが、趙磊が実際に湖を見る機会はほとんどない。多くの友人は「毎日青海湖が見られるんでしょ」と言うが、駅から湖までは直線で10キロ。ほとんどの季節、彼の目に映るのは荒涼とした風景だけだ。

2025年の夏、休勤日に友人と二郎剣景区を訪れ、ようやく青海湖を間近に見ることができた。湖畔を走る列車を眺めながら、「自分はその旅を支える側にいるんだ」と実感し、仕事の意義を改めて感じたという。

日が沈み、月が昇る。遠く離れた青海湖駅には、今日もひとり、静かに駅を守り続ける人がいる——。

柳絮が舞う中国の春

幻想的でありながら、悩みも多い季節

日本の春といえば、まず思い浮かぶのはサクラです。近畿地方では3月下旬に開花し、数日を経て満開に。やがて花びらがひらひらと舞い、サクラ吹雪となって街を彩ります。川面や池に浮かぶ花筏もまた、春の風情として人々の心を癒してくれます。

一方、中国ではサクラの名所はそれほど多くありません。そのため、サクラが春の象徴になることはあまりありません。代わって春を代表するものといえば――私は「柳絮(りゅうじょ)」だと思います。柳やポプラの綿毛のことで、華北・西北の街々では4月中頃になると、まるで吹雪のように白い綿毛が舞い散ります。

柳と楊 ― 春に綿毛を飛ばす樹木

柳(しだれ柳)も楊(ポプラ)もヤナギ科の樹木です。どちらも春になると綿毛を飛ばします。 唐代の詩人・杜甫や女流詩人・薛涛も、柳絮の幻想的な姿や儚さを詠んでおり、古くから人々の心を捉えてきました。

しかし、この柳絮。見た目は美しいものの、実はなかなかの“厄介者”でもあります。

幻想的だが、実は困りもの

柳絮が舞う季節、街を歩いたり自転車に乗ったりすると、髪や衣服に綿毛がくっつきます。目や鼻に入りやすく、アレルギー体質の人は鼻水やくしゃみ、呼吸が苦しくなることもあります。そのため、この時期の中国の街では、ゴーグルやマスクを着けて外出する人が多く、日本の花粉症の光景とよく似ています。

さらに、綿毛が最盛期を迎えると、通りは落ちた柳絮で白く覆われます。清掃員が毎朝竹箒で掃き集めても、軽い綿毛は風が吹けばすぐに散らばり、元の状態に逆戻り。まさに清掃員泣かせです。

また、柳絮には脂分が多く含まれており、非常に燃えやすい性質があります。火のついたタバコの吸い殻が落ちると燃え上がることもあるそうです。洗濯物や網戸に付着したり、排水溝や空調機の室外機に詰まったりと、扱いづらく危険な面もあります。

なぜ中国の街には柳や楊が多いのか

柳絮が多いということは、街路樹や公園に柳や楊が多いということです。では、なぜこれほど多く植えられたのでしょうか。

理由は「成長の早さ」と「利用価値」にあります。 中国では建国当時、とくに華北・西北地方の森林率が低く、砂嵐に悩まされていました。そこで政府は、成長が早く建築資材としても使える柳や楊に注目し、1960年代から70年代にかけて積極的に植樹を進めました。

とりわけ文化大革命期(1960年代後半〜70年代後半)は大衆動員が容易で、「農業発展」「生活環境の改善」といったスローガンのもと、農民や労働者、市民が大量に柳・楊を植えました。

古代には人々に愛された柳・楊ですが、現代では経済的価値を期待されて大量に植えられ、その結果として柳絮の問題が生まれ、厄介者扱いされるようになったのです。 少し気の毒な気もしますし、後先を考えずに植え続けた人間側の問題とも言えるでしょう。

現在の対策と、少しの寂しさ

もちろん、現在の中国の行政も手をこまねいているわけではありません。

  • 綿毛がついた枝に注水して飛散を抑える

  • 綿毛の発生を抑える薬剤を樹木に注入する

  • 道路に堆積した柳絮をこまめに清掃する

  • 将来的には、柳絮の出ない樹木への植え替えも検討

こうした対策が進められています。 やがて北京や西安でも、柳絮が飛ばない春が訪れるかもしれません。

しかし、そうなるとまた少し寂しい気もします。 あの幻想的な光景が見られなくなるのは、どこか惜しい――そんな気持ちも湧いてきます。 これは、ただの感傷にすぎないのでしょうか。

参考資料

① japanesebeijing.gov.cn(2026.04.08) ② CGTN(2026.04.07) ③ 西部ネット(2025.04.12) ④ 北京人民政府ネット(2026.04) ⑤ 人民ネット日本語版(2025.05.17)

全長42km、長江河口を貫く

上海軌道交通22号線(崇明線)が全線で軌道貫通

【情報提供】申通地鉄建設集団 【動画】蓝爸爸 【写真】祁稼昊 【図版】居翀斌 【編集】程小程 【本期責任編集】蓝爸爸 【本期校閲】Shining灵感

4月21日午前、崇明島・陳家鎮駅構内で中鉄五局の作業員が最後のレール溶接を完了し、上海で初めて長江を横断する軌道交通プロジェクト——上海軌道交通22号線(崇明線)が、ついに全線で軌道貫通を達成しました。 これにより、今後のき電設備の設置、システム試験、電車の走行試験に向けた重要な基盤が整いました。

上海中心部と崇明区を結ぶ新たな大動脈

上海軌道交通22号線は、全長42km超・全8駅の大規模路線です。 開業後は上海地下鉄ネットワークとシームレスに接続し、崇明区と上海中心部の移動時間を大幅に短縮。 地域の交通利便性を高めるだけでなく、長江デルタ一体化の推進にも新たな力を与えると期待されています。

① 科学的な施工管理で、効率的に軌道敷設を推進

土木工事の引き渡し状況に合わせ、施工チームは長大な越江区間という難所に正面から挑みました。 現場スペースを合理的に配置し、複数箇所で同時に作業を展開。 さらに、

  • 道床基底のコンクリート打設

  • 軌道スラブの敷設

  • 自密実コンクリートの注入

  • レール締結装置の取り付け

といった工程を“流れ作業化”することで、施工効率を大幅に向上。 1日あたり最大135mの敷設を実現し、工期の重要節目を確実に守りました。

② 独自開発の工装・工法で、品質を徹底管理

現場のニーズに合わせ、複数の自社開発工装や専用工法を導入。

  • 伸縮継ぎ目専用工装で、継ぎ目の直線性と仕上がりを確保

  • トンネルセグメントを傷つけない水路型枠工装を開発

  • 中央水路には定型鋼製型枠を採用し、排水性を高水準で確保

これらにより、構造物の品質と安全性が一段と向上しました。

③ 精密な検測・調整で、走行性を向上

専門機器を導入し、TQI(軌道平順性指数)に基づく精密な管理体系を構築。 0級軌道検測器を用いて軌道精調を行い、

  • 路線の平順性向上

  • 将来の走行騒音・レール鳴きの低減

といった効果を実現し、乗り心地の向上につなげています。

④ スマート施工で、将来の保守も効率化

軌道マーキングロボットを導入し、レールへの標識塗装を自動化。 統一された表示、高い耐候性、長期の保持力を備え、 施工の標準化だけでなく、今後の巡検・保守・運営管理にも大きく貢献します。

今後の予定

22号線の各参画企業は、

  • 安全・品質管理の強化

  • 施工組織の効率化

  • 軌道精調、駅舎内装、システム調整

などの重要工程を着実に進め、年内の路線完成を目指して全力で取り組む方針です。 上海の新たな“長江を越える鉄路”として、質の高い都市交通インフラの実現が期待されています。

台湾・国民党・鄭麗文主席が訪中

習近平国家主席と会談

台湾・国民党の鄭麗文主席は4月7日、総勢13名の訪中団を率いて中国を訪問しました。国民党党首の訪中は約10年ぶりとなります。11日には北京の人民大会堂・東大庁において、習近平国家主席との会談が実現しました。

会談の中で鄭主席は、戦争を防ぎ回避するための制度的な解決策を模索し、台湾海峡を「紛争の平和的解決」の模範とすべきだと強調しました。また、制度的で持続可能な対話・協力のメカニズム構築の必要性にも言及しました。

一方、習近平主席は「国家は分かち難く、乱れてはならない。民族は散らばってはならず、文明は絶えてはならない」と述べたと報じられています。さらに「台湾独立に反対することは双方の共通の政治基盤である」との立場を改めて示したとされています。

双方はまた、「平和は不可逆であり、台湾海峡を紛争の駒にしてはならない」「民族復興、両岸の交流と協力、九二コンセンサスの堅持と台湾独立反対」といった点を再確認しました。

九二コンセンサスとは

「九二コンセンサス」とは、1992年に中国の海峡両岸協会と台湾の海峡交流基金会が確認したもので、「一つの中国」を認めつつ、中国側は国号を「中華人民共和国」、台湾側は「中華民国」と称することを当面は相互に容認するという「一中各表」の考え方を指します。

技術・社会分野での協力にも合意

さらに双方は、新エネルギー、疾病対策、人工知能とその倫理などの分野でも協力を進め、テクノロジーを人類の福祉に役立てるべきだとの認識で一致しました。

台湾国内の政治状況と今回の訪中の背景

台湾ではこの8年間、「台湾独立」を掲げる民進党の蔡英文総統が政権を担ってきました。しかし、新型コロナ対策の迷走、物価高、賃金の伸び悩み、不動産価格の高止まりなどが重なり、労働者・農民・市民の間で不満が蓄積。2024年の総統選挙では政権交代が確実視される情勢でした。

ところが、野党の国民党と民衆党による「候補者一本化」が選挙直前に破綻し、結果として民進党が辛勝。頼清徳氏が総統に就任しました。ただし、議会では与党が少数派となっています。

さらに現在、第二次トランプ政権による台湾半導体産業への強い要求や武器売却の圧力、自国防衛費の大幅増額の要請などが続き、台湾社会には不安が広がっています。

こうした情勢の中で行われた鄭麗文主席の訪中は、必然性をもって生まれた動きといえます。この時期に中台双方の指導者が直接会談したことは、台湾海峡の平和的解決に向けた期待を抱かせる出来事として、国際社会からも注目されています。

参考資料

  1. 山本恒人 Facebook(2026/04/04)

  2. 人民ネット(2026/04/10)

  3. 住友商事グローバルリサーチ(2026/04/10)

  4. 中央日報(2026/04/09)

  5. 西見由章(産経新聞・台北支局長、2026/04/10)

  6. 風伝媒(2026/04/08)

「中国平和ツアー」——壮大な歴史と大自然に抱かれた1週間

✈️ 心が震える瞬間の連続

20名で歩いた「中国平和ツアー」——壮大な歴史と大自然に抱かれた1週間

4月2日からの1週間、20名が参加した「中国平和ツアー」。 今回の旅は、敦煌・嘉峪関・西安——シルクロードの核心を巡る壮大なルートでした。 旅の間ずっと青空が広がり、まるで私たちを歓迎してくれているようでした。

🌙 【1日目】思わぬトラブルが、旅の絆を深めた

北京→敦煌便が突然の欠航。 一瞬ざわついたものの、長い乗り継ぎ時間を利用して空港で昼宴会が始まると、 「これも旅の醍醐味だね」と笑顔が広がりました。

夜10時半、ようやく敦煌に到着。 長い一日でしたが、旅の仲間との距離が一気に縮まった、忘れられないスタートとなりました。

🏜️ 【2日目】砂漠の風が運ぶ“悠久の気配”に包まれて

● 西千仏洞

1200年前の石窟に足を踏み入れた瞬間、 薄暗い空間に浮かび上がる仏画の色彩に息をのみました。 「こんなにも鮮やかに残るものなのか」——誰もが驚きの声を漏らすほど。

● 陽関・玉門関

どこまでも続く大地。 風の音だけが響く広大な景色に立つと、 かつてここを行き交った旅人たちの姿が目に浮かぶようでした。

● 鳴沙山・月牙泉

砂山を電気カートで進む途中、突然現れた“ラクダ専用信号”。 思わず笑いが起きるユニークな光景でした。 月牙泉では、砂漠の真ん中に湧き続ける水面が太陽にきらめき、 「こんな場所が本当にあるのか」と心が震える美しさでした。

● 敦煌夜市

夜は人々の熱気に包まれた夜市へ。 屋台の香り、音楽、笑い声—— 旅の高揚感が一気にピークへと達しました。

🕌 【3日目】莫高窟——“千年の祈り”が息づく場所

莫高窟では、日本語ガイドの案内でいくつかの洞窟を巡りました。 洞窟に入るたび、時代ごとに異なる仏像や壁画が現れ、 まるで千年の歴史が静かに語りかけてくるようでした。

午後は嘉峪関へ向けて5時間の移動。 車窓に広がる大地の色が、夕陽とともにゆっくり変わっていく—— その景色もまた、旅の大切な一部でした。

🏯 【4日目】700段の階段の先に広がる“圧巻の世界”

午前は懸壁長城へ。 700段の階段を登り切った瞬間、 眼下に広がる大地の雄大さに、誰もが言葉を失いました。

午後の嘉峪関城楼では、 その圧倒的なスケールに「これがシルクロードの要塞か」と感嘆の声。 夕方の便で西安へ移動し、旅はさらに深みを増していきます。

🌸 【5日目】桜舞う西安で、歴史と春が交差する

青龍寺、大雁塔、小雁塔、西安博物館、古代城壁—— どこを訪れても歴史の重みが感じられました。

この日は清明節の振替休日。 満開の桜の下、家族連れの笑顔があふれ、 青龍寺では「桜まつり」が開催されていました。 歴史の街に春が溶け込む、心温まる一日でした。

🐎 【6日目】兵馬俑の“圧倒的存在感”に心が震える

午前は華清池へ。 楊貴妃と玄宗皇帝が過ごした浴場跡に立つと、 当時の華やかな宮廷文化が目の前に蘇るようでした。

そして兵馬俑博物館へ。 広大な展示館にずらりと並ぶ兵馬俑の軍勢は、 ただ“圧巻”の一言。 その迫力に、参加者の誰もがしばらく言葉を失っていました。

🛫 【7日目】帰国——胸に残るのは、旅の余韻

朝6時にホテルを出発し、西安空港へ。 北京経由で関西空港に到着し、全員無事に帰宅しました。

振り返れば、 壮大な景色、千年の歴史、仲間との笑顔—— どれも心に深く刻まれる瞬間ばかり。 “また旅に出たい”と思わせてくれる、忘れられない1週間でした。

全国最小級?蒲城駅が話題に

全国で一番小さな駅に迷い込んだ?
「待合室が家より小さい。出口も家の玄関より小さい」
先日、
ある陝西省のネットユーザーが
春運(旧正月の帰省ラッシュ)で列車に乗った際の写真を投稿し、
その何気ない一言が大きな話題を呼びました。
コメント欄は一気に
“最小の鉄道駅”をめぐる投稿大会のような盛り上がりに。

■ 話題の「全国最小駅」はどこ?
投稿者が言う“全国最小の駅”とは、
陝西省渭南市蒲城(ほじょう)県にある 蒲城駅 のこと。
この駅は中国鉄路西安局集団有限公司・韓城車務段に属する
四等の客貨扱い駅で、
待合室の広さは わずか133.5平方メートル しかありません。

麻雀は小さくても、五臓六腑はそろっている
蒲城駅は決して広くはありませんが、
サービスは必要十分に整っています。
・安検(手荷物検査)エリア
・サービスカウンター
・待合スペース
・公共充電コーナー
といった設備がきちんと備わり、
乗降の動線もスムーズです。
待合室は 同時に100人が利用可能。
冬は暖房、夏は冷房がしっかり稼働し、
お湯も24時間利用できます。
老眼鏡、裁縫セット、充電器などが入った
「便利サービス箱」も用意され、
細やかな心配りが感じられます。

小さな駅でも、担う役目は重い
50年以上の歴史を持つ蒲城駅は、
甘鐘(かんしょう)鉄路の途中に位置し、
関中平原と陝北の黄土高原を結ぶ
重要な交通の結節点です。
駅では毎日、
公益性の“慢火車(スロートレイン)”
7005/7006列車 の旅客業務を担当。
さらに、
列車の行き違い、貨物列車の編成・解体など
多くの運行作業を担い、
路線の安全と円滑な運行を守っています。
駅の客運スタッフは わずか4名。
切符販売、安検などを分担しながら、
駅の日常運営をしっかり支えています。

小さな駅でも、地域の暮らしをつなぐ大きな存在
蒲城駅に停車する7005/7006次“慢火車”は、
西安と榆林を結び、
綏徳、延安、臨潼など 12駅に必ず停車。
料金も非常に良心的です。
・蒲城 → 西安:12.5元
・蒲城 → 延安:30.5元
沿線の住民からは
「家の前を走る便利なバス」
と親しみを込めて呼ばれています。
駅長の陳小虎さんはこう話します。
「周りのお年寄り、学生、果樹農家の方々は、
みんなこの列車が大好き。
気軽に街へ行けるんです。」
甘鐘鉄路には、蒲城駅のような四等駅がまだ多くあります。
大きな駅のような華やかさはなくても、
日々の変わらぬ支えが、
沿線住民にとって最も頼れる足となっています。

■ 旅客の声
「入ってみて驚きました。
こんなに小さい駅だとは思わなかったけれど、
設備はそろっていて、とても清潔でした。」
—— 旅客・韓さん
「駅は小さいけれど、
沿線に住む私たちにとっては欠かせない交通手段です。」
—— 旅客・安さん

小さな駅は、鉄道の“神経末梢”
列車は速くなくても、
そこには確かな生活の支えがある
あなたの知っている
“物語のある小さな駅”はありますか。
ぜひコメントで教えてください。

出典:
《人民鉄道》報業有限公司 陝西記者站(西安局集団公司 融媒体センター)
文章:申琦・柯航
写真/動画:王少華・孟浩・王晓剛
編集:謝琦
校閲:高珊

2025年中国・EV(電気自動車) 売上げ世界一に!

**2025年 中国EV(電気自動車)世界販売台数でトップに!**
2025年のEV(電気自動車)販売について、各メディアの報道によれば、中国メーカー BYD(比亜迪) の販売台数が前年比 28%増の225万6714台 に達し、アメリカの テスラ の 163万6000台(前年比9%減) を上回りました。
この結果、中国・BYDが世界のEV販売台数で首位 に立ったと伝えられています。
また、好調なEV販売に引っ張られる形で、BYDの PHV(プラグインハイブリッド車) も 460万2436台 と過去最高を記録したとのことです。

なぜ中国のEVが世界一になったのか
世界では今、「なぜ中国のEVがここまで伸びたのか」が大きな話題になっています。
背景には、以下のような中国独自の政策や環境があると指摘されています。

1. EV購入への手厚い優遇策
中国では、EV購入者に対して
• 税制優遇
• 補助金制度
が整備されており、結果として 欧米メーカーのEVの半額以下で購入できる ケースも多いと言われています。
この価格差が欧米の政府・産業界の強い反発を招き、中国との摩擦が高まっているとも報じられています。

2. ガソリン車のナンバープレート取得が困難
中国の都市部では、CO₂削減政策の一環として
• ガソリン車のナンバープレート取得が非常に難しい
• 取得費用も高額
という状況があります。
一方で、EVのナンバープレートは安く、簡単に取得できる ため、自然とEVに流れる仕組みになっています。

3. 充電インフラの圧倒的な充実
中国の都市では、
• バッテリー交換ステーション
• 急速充電設備
などのインフラが急速に整備され、数分走れば充電ステーションが見つかる と言われるほどです。
この利便性がEV普及を大きく後押ししています。

4. 若者に人気の“スマート機能”
中国のEVには、
• AI機能
• 音声操作
• スマホ連動
などのスマート機能が標準装備され、快適なドライブ体験が得られます。
価格も手頃なため、若者の支持が厚い のが特徴です。
若者のクルマ離れが進む日本とは対照的な状況と言えるでしょう。

まとめ
中国のEVが世界一になった背景には、
• 政府の強力な支援
• ガソリン車への規制
• 充実したインフラ
• 若者に響くスマート機能
といった複数の要因が重なっています。
今後、世界の自動車産業がどのように変化していくのか、引き続き注目が集まりそうです。

盲人マッサージ師・孫伍飛さん──「全国を旅したい」

福建省・寧徳市は三方を山に囲まれ、一方は海に面した土地。険しい自然環境は、地元の人々に外へ挑む気概を育んできました。
その地で生まれ育った盲人マッサージ師・孫伍飛(スン・ウーフェイ)さんは、鉄道開通をきっかけに故郷へ戻り、3台のベッドから始めた小さな店を、いまでは4店舗にまで拡大。30人以上の視覚障害者に働く場を提供しています。
「見えなくても、人生は輝ける」
孫さんは、サンダルと白杖、スマートフォンを頼りに、これまで29の省を鉄道で旅してきました。「世界は見えなくても、世界に自分を見てもらいたい」と語ります。

鉄道が変えた故郷と人生
かつての寧徳は、山が険しく交通が不便で、貧しい地域でした。福州へ行くにも半日、浙江省へ向かうにも山が壁となり、移動は困難でした。
2009年、温福鉄道が開通。人の流れが生まれ、経済が動き出しました。孫さんはそのタイミングで帰郷し、起業を決意します。
• 自宅の20㎡を改装し、3台のベッドで開業
• 障害者の起業支援制度により、手続きの優遇や所得税免除を受ける
• 技術が評判を呼び、2013年・2018年に新店舗をオープン
その後も鉄道網は拡大し、寧徳はリチウム電池やステンレス産業の一大拠点へと成長。地域の所得が上がり、健康志向の高まりとともに孫さんの店も繁盛しています。
孫さんはこれまでに20人以上の弟子を育て、「障害があっても社会に貢献できる」と胸を張ります。

「温かい世界だから、思い立ったら旅に出られる」
朝7時半、孫さんは白杖を頼りにバス停へ向かい、スマホの音声案内で路線を確認しながら福鼎駅へ。駅では、10年来の友人である駅員・葉耀君さんが必ず迎えてくれます。
葉さんは、豪雨の日に困っていた孫さんを助けて以来、「来る時は必ず連絡を」と約束し、10年間守り続けています。
鉄道沿線の駅員たちは「温福鉄道・愛心サービスグループ」を結成し、視覚障害者の移動を連携してサポート。孫さんは年間50回以上鉄道で移動し、「どこへ行っても温かい」と語ります。

旅と食を愛する人生
孫さんの趣味は旅とグルメ。
• 本場の蘭州牛肉麺を求めて30時間以上かけて蘭州へ
• 鍋包肉や鉄鍋炖大鹅を食べに黒竜江・ハルビンへ
• 2025年には浙江・台州の音楽フェスにも参加
これまで集めた乗車券は300枚以上。どの地でも、駅員やボランティアが自然に手を差し伸べてくれたといいます。
大連の海洋館では、職員が特別に海亀に触れさせてくれたことが忘れられない思い出だそうです。

「路は足元にある。全国を歩きたい」
孫さんのこれからの夢は、
• 子どもの日(6月1日)に杭州・西湖で舟を漕ぐこと
• 川藏鉄道が開通したら、布達拉宮を訪れること
そして何より、「障害があっても外の世界はどんどん良くなっている。勇気を出して外へ出て、人生を楽しんでほしい」と、仲間たちに伝えたいと語ります。