1945年3月17日「神戸大空襲」から76年

「神戸空襲犠牲者合同慰霊祭」今年も関係者で開催

元町駅周辺から西方の被災(神戸新聞より)

米軍による神戸や周辺地域への空襲は、1945年1月から8月の終戦まで合わせると128回にもなります。神戸への大空襲は、2月4日・3月17日・5月11日・6月5日・8月6日と続きます。3月17日未明の大空襲は兵庫区、林田区(現・長田区)、葺合区などで壊滅的な被害を受けています。5月11日の空襲では灘区、武庫郡(現・東灘区)で大きな被害が出ています。6月5日の空襲では、西は須磨区から東は西宮まで広範囲に爆撃を受け、この3度の無差別焼夷弾爆撃により神戸市全域が壊滅的な被害を受けました。その被害は戦災家屋14万1,983戸、罹災者53万858人、死者数7,491人、負傷者1万7,002人とされていますが確定的なものではなく実際には更に膨大な被害であったと推測されると言われています(数字はWikipediaより)。

神戸国際道路(現フラワーロード)一帯も被災(毎日新聞より)
神戸空襲を忘れない―いのちと平和の碑(神戸市中央区の大倉山公園)

神戸空襲を記録する会は、神戸空襲を忘れないように、毎年3月17日に犠牲者合同慰霊祭を開催していますが、昨年に続き今年もコロナ感染拡大に配慮し、3月17日(水)薬仙寺での慰霊祭は世話人、関係者で行うとしています。

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