「五岳を見ず」と言わせる名山 ― 黄山の仙境へ
前回の終わりに触れたことわざ、 「五岳から帰れば山を見ず、〇〇から帰れば岳を見ず」。 この“〇〇”に入るのが、今回ご紹介する黄山(こうざん)です。
黄山は安徽省の南端、上海・江蘇・浙江の西側に位置し、 中国人が「天下第一」と称えるほどの名山。 その美しさは古来より水墨画の題材として愛され、 峰々と雲海が織り成す風景は、まさに仙人が住む世界――仙境と呼ばれています。
黄山の四絶は、 怪石・雲海・奇松・温泉。 「天下の名勝、黄山に集まる」と言われるのも納得の景観です。
■ 69の峰、16の名峰を目指して
本来なら、仙境のような黄山をゆったり巡るのが理想でしょう。 しかし、貧乏性の私は「ここが良い」「あそこが美しい」と聞けば、 どうしても全部見たくなってしまいます。
黄山には69の峰があり、そのうち16の峰が特に素晴らしいとガイドブックに紹介されていました。 山中で1泊する予定だったので、 「2日間で16峰すべて制覇しよう」と意気込んで出発しました。
黄山の標高は約1800m。 1000m前後の峰が多いのですが、 峰から峰へ移動するたびに、必ず下って、また登る。 これが本当に堪えます。
1日目の最後に登った峰では、 宿に明るいうちに着きたくて、景色をゆっくり楽しむ余裕もなく下山。 ところが宿の人から、 「黄山で一番美しい夕日は丹霞峰(排雲閣)ですよ」と聞かされ、 それがまさに“最後に登った峰”だったと知り、思わずがっくり。 さすがに登り返す気力は残っていませんでした。
■ 光明峰で迎えた、忘れられない日の出
翌朝は暗いうちに出発し、 日の出が最も美しいと言われる光明峰へ向かいました。
まだ夜明け前だというのに、山頂はすでに多くの観光客でいっぱい。 やがて東の空が白み始め、太陽が顔を出した瞬間、 あたり一面に歓声と拍手が響き渡りました。
雲海の向こうから昇る朝日を拝むことができ、 胸がいっぱいになるほどの感動でした。
■ 最後の峰、登るか引き返すか
感動の余韻も束の間、 2日目の残りの峰を次々と巡り、 ついに最後の峰に差し掛かりました。
すぐ近くにはロープウェイ。 「ここで終わりにするか、それとも登るか」 本気で悩みました。
しかし、 「二度と来ることはないだろう」 そう思い、最後の力を振り絞って登ることを決断。
達成感はありましたが、 正直、体力的には限界に近かったです。
■ もし訪れるなら、三主峰を
黄山には三主峰と呼ばれる 蓮花峰・光明峰・天都峰があります。
この三つに絞って登れば、 景色をゆっくり味わいながら、 優雅に黄山を楽しめるのではないかと思います。
ぜひ、機会があれば挑戦してみてください。

今回ご紹介するのは、山東省の省都・済南の南にそびえる泰山(たいざん)です。 中国の道教における五つの霊山「五岳」のひとつで、東岳泰山として古来より「天下第一山」と称えられてきました。標高は1532m。 中華文明の五千年の歴史を象徴する山であり、秦の始皇帝から清朝に至るまで、13代の皇帝が国家の繁栄を祈る儀式「封禅」を行った場所としても知られています。
登山口は麓の町・泰安。 ここから山頂までは、なんと約7000段の石段が続きます。
最初の目標は中天門。 出発して1時間ほどで到着し、ここでようやく中間点近く。 遠くには、次の目標である南天門が小さく見えています。
山頂手前には、泰山を象徴する有名な石刻 「五岳独尊」があります。 ここは絶好の撮影スポットですが、 訪れたのが国慶節の大型連休だったため、 あたりは「人人人」という状態。 誰も写り込まない写真を撮るのは、さすがに不可能でした。
中国にはこんなことわざがあります。
中国・四川省のジャイアントパンダ国立公園で、山中を歩く“白いパンダ”の最新映像が公開されました(新華ネット・5月26日付)。 白いパンダが初めて確認されたのは2019年。四川の自然保護区管理局が、保護区内で撮影した1枚の写真を公表し、大きな話題となりました。今回公開された映像は、その個体が成長した現在の姿を捉えたものです。
あまり知られていませんが、中国・陝西省の「秦嶺四宝科学公園」には“茶色いパンダ”がいます。名前は「七仔(チーザイ)」。2009年に秦嶺山脈で発見・保護された個体です。
両者は1万年以上前に分岐し、その後は地理的に隔てられたまま交流・交配がないとされています。生息数は四川亜種が全体の約3分の2を占め、圧倒的に多い状況です。
広東省広州市から西へ約80km。 ガイドブック『地球の歩き方・広州編』に「小桂林」と紹介されていた肇慶市に、ふと思い立って出かけることにしました。
肇慶に着くとまず帰りのバスの切符を確保し、売店で地図を購入。 すぐ近くに「七星岩」の門があり、そこが“小桂林”と呼ばれる景勝地でした。
のか」と胸が高鳴りました。
今回は「初めての旅」ゆえにハプニング続きで、 景勝地の紹介は少し控えめになりました。
昨晩、CCTV4の国際ニュースを視聴していたところ、番組の中でごく短い時間ではありましたが、日本の小泉防衛大臣と米国のヘグセス国防長官が言葉を交わしている映像が映りました。 その後すぐに画面はトマホーク巡航ミサイルの映像に切り替わり、会談の様子は一瞬で終わってしまいましたが、話の大まかな流れはつかめたように思います。
1974年3月。 西安市臨潼区・西楊村の荒れ地で井戸を掘っていた村人、楊志発(ヤン・ジーファ)さんが、偶然陶製の人形のような破片を掘り当てました。
役場から連絡を受けたのが、考古学者の袁仲一(エン・チョンイー)先生でした。 陶片が「人形の頭部や体の一部」であること、そして始皇帝陵の近くで見つかったことから、 「これは始皇帝陵の副葬品ではないか」 と直感し、本格的な発掘に踏み切ります。
しかし、発掘の事実は中国政府により厳重に秘匿され、写真撮影も固く禁じられていました。 そんな中、世界で初めて兵馬俑の姿を写真で紹介したのが、アメリカの女性ジャーナリスト オードリ・トッピングさんです。
こうして兵馬俑は破壊を免れ、世界の宝として日の目を見ることになりました。 その陰には、


2月27日の早朝、標高3260メートルに位置する青海湖駅は気温マイナス9度。刺すような寒風が、がらんとしたホームを容赦なく吹き抜けていた。
夜明け前、51歳の駅値班員・趙磊(ジャオ・レイ)はすでに一日の仕事を始めている。コンピューター画面に向かい、構内の線路使用状況や刻々と変わる信号を注視しながら、通過列車の運転士とリアルタイムで連絡を取り合う。
「普段は調度員が遠隔で駅を管理しますが、工事や“天窓”と呼ばれる保守作業の際には、駅での手動管理に切り替わり、値班員が列車運行の組織、設備監視、各部署との調整をすべて担当します」と趙磊は説明する。
駅は町から遠く離れているため、休勤日は上下それぞれ1日1本だけの通勤列車に乗るしかない。2本の列車が青海湖駅に停車する間隔は50分。この50分が、2人が顔を合わせられる最も長い時間だ。
行車室の窓辺には数鉢の観葉植物が置かれ、外の枯れた景色と対照的な緑を添えている。「普段はあまりに静かなので、植物を育てていると気持ちが和むんです」と趙磊は笑う。
一方、中国ではサクラの名所はそれほど多くありません。そのため、サクラが春の象徴になることはあまりありません。代わって春を代表するものといえば――私は「柳絮(りゅうじょ)」だと思います。柳やポプラの綿毛のことで、華北・西北の街々では4月中頃になると、まるで吹雪のように白い綿毛が舞い散ります。
柳(しだれ柳)も楊(ポプラ)もヤナギ科の樹木です。どちらも春になると綿毛を飛ばします。 唐代の詩人・杜甫や女流詩人・薛涛も、柳絮の幻想的な姿や儚さを詠んでおり、古くから人々の心を捉えてきました。
さらに、綿毛が最盛期を迎えると、通りは落ちた柳絮で白く覆われます。清掃員が毎朝竹箒で掃き集めても、軽い綿毛は風が吹けばすぐに散らばり、元の状態に逆戻り。まさに清掃員泣かせです。
こうした対策が進められています。 やがて北京や西安でも、柳絮が飛ばない春が訪れるかもしれません。


