中国人画家が葫蘆島からの引揚げを描く

「一九四六」神戸展、10年半かけて描いた大作を展示

「一九四六」の作者は、魯迅美術院(遼寧省瀋陽市)の王希奇教授(61)。この絵は、1945年8月の日本敗戦後、「満州」に取り残され難民状態となった日本人が遼寧省の葫蘆島に集められ、1946年に始まった帰還事業の様子を描いたものです。作者の王さんは、祖父から話を聞き、着の身着のままの子ども達が写った当時の写真に衝撃を受け作品制作を決意したとのことです。この絵は縦3m×横20mの大作で引揚者の表情が繊細に描かれています。これまでに東京・舞鶴・仙台・高知で開催され感動と注目を集めています。今回計画している神戸展を最後に、現在建設中の葫蘆島引揚紀念館(仮称)で常設展示される予定です。

「神戸展の日時、会場」

日程:2022年8月31日(水)~9月4日(日)

時間:午前10時~午後6時(9/4は午後3時迄)

会場:兵庫県立原田の森ギャラリー2F大展示室(阪急王子公園駅西、JR灘駅北へ)

入場料:大人1,000円(大学院生、大学生以下無料)

詳しい内容は下記の神戸展ホームページをご覧下さい。

URL: https://free.yokatsu.com/koube/

主催:「一九四六」神戸展実行委員会

実行委員会事務局・☎090-3714-6228(宮原)

日中友好協会兵庫県連合会・☎078-412-2228

ドキュメンタリー映像「決壊~祖父が見た満州の夢」

講演「河野村開拓団と祖父と私」~胡桃澤伸氏

長野県河野村の村長であった胡桃澤盛の孫、胡桃沢伸は、大勢の村人を死に追いやった祖父、自責の念に苦しみ自殺した祖父のことを、どう受け止めていいかわからずにいた。手がかりになるのは10代の終わりから死の直前まで書いていた日記、青春時代は大正デモクラシーに触れ、自由主義に理想を求め、30代半ばで村長となり村のために奔走する日々の心情が、生々しく綴られている。家族のため、村のため、社会のために行きたい、常に正しくありたいと願っていた祖父は、気がつけば国のため、戦争遂行のために邁進していた・・・。

日時:2021年11月20日(土)午後1時~4時30分

会場:尼崎市中央北生涯学習プラザ1F大ホール

「尼崎医療センター」バス停から西へ徒歩約3分

入場無料(予約不要)三密を避けて椅子を配置します

●ドキュメンタリー「決壊~祖父が見た満州の夢」(信越放送)

戦争中、長野県河野村で村長を務めた胡桃澤盛は国策に従い、村人を満蒙開拓団として、満州へ送り出した。しかし、ソ連軍の侵攻で戦場と化した満州で、73人が集団自決。後に、盛は、罪の意識に苛まれ、42歳で自らの命を絶った。

●講演「河野村開拓団と祖父と私」~胡桃沢伸(精神科医・劇作家)

●対談交流:胡桃澤伸氏と大兵庫開拓団2世の皆さん

写真と資料で辿る「満州・移民」撮影・編集構成:宗景正

1Fロビー(大ホール前)

期間:11月17日(水)~20日(土)9:00~20:00(20日は17時迄)

主催:尼崎市(委託事業団体:コスモスの会尼崎日本語教室)

後援:尼崎市教育委員会

協賛:近畿中国帰国者支援・交流センター・大阪中国帰国者センター

問い合わせ:コスモスの会 090-7489-7091(石打)

「9・18 満州事変」から90年

中国侵略15年戦争の始まりとなった「満州事変」

中国東北部に駐留していた日本の関東:軍は、1931年9月18日、奉天(現・瀋陽)近郊で、日露戦争後にロシアから譲渡され日本の南満州鉄道(株)が経営していた鉄道線路が爆破され、関東軍はこれを中国軍の仕業(戦後、関東軍の謀略と判明)として軍事行動を起こしました、これが柳条湖事件(「満州事変」、中国呼称は9・18事変)です。当初、日本政府は不拡大方針をとっていましたが、後に関東軍の軍事行動を容認します。(写真下は線路爆破現場)

関東軍は「満州」各地を軍事力で占領し、1932年日本の傀儡国家「満州国」を建国させました。これに対し、国際連盟の会合で加盟各国から非難され、国際社会で孤立した日本は国際連盟を脱退、以後、侵略戦争拡大へ突き進み、1937年7月7日の盧溝橋事件を契機に中国全土へ戦火を拡大、1941年12月8日にはアジア・太平洋戦争へと更に拡大し、2,000万人を超すアジアの人々の命を奪い、資源を略奪、国土を破壊しました。この侵略の歴史を忘れず、加害国の国民として、事実を語り伝え、二度と過ちを起こさせないと誓うことが真の信頼回復、友好へつながる道ではないでしょうか。(U)

中国の古典音楽

伝統音楽は3層構造に分かれていた

20世紀の初めまで、中国の伝統音楽は、「正楽」として君主層の廟堂音楽(雅楽)・宮廷音楽、士大夫層の文人音楽・芸術音楽、「俗楽」として庶民層の民間音楽・芸能音楽という3層構造に分かれていました。近代の中国革命後は正楽と俗楽という儒教的価値観による区分はなくなり、「俗楽」も伝統音楽として芸術的価値を評価されるようになりました。

中国の民間音楽は、時代や地域ごとに豊かな特色を持っています。代表的な楽器の一つである胡琴では、無名の芸人たちは、その地域の方言による歌声の音色に合うよう、楽器の材料や音高、音色、奏法などを様々に工夫してきました。京劇の音楽で使われる京胡は甲高い歌声に合わせた力強い高音が出るが、江南地方など南方の民謡の伴奏で使われる南胡は穏やかな歌声にあった優しい中音域が出るなど同じ胡琴でも様々であった。現在、中国の国内外で最も普及している「二胡」は、20世紀半ばに江南系の南胡をベースとして改良を加えて完成した伝統楽器です。

一般的に、伝統的な民間音楽は5種類に大別されています。

1.民間歌曲   2.民間歌舞音楽  3.民間器楽  4.説唱音楽(曲芸) 5.戯曲音楽 これら5種類の民間音楽は音楽の風格やメロディー、リズム、使用楽器の種類や奏法などが大きく異なります。(中国百科検定公式テキスト「中国百科」より)

中国憲法・「公民」の基本的権利と義務

「公民」と「人民」について

中国憲法は、第2章で「公民」の基本的権利と義務を定めている。2004年の改正までは「人権」という用語はなかった。ここにいう「公民」とは、中国という政治社会の一員であって、そのことにより憲法が定める権利の主体となるという考え方に基づいている。日本国憲法において国民の権利とされるものは、国籍が重要な要件となる場合を除いては、日本国籍を有する者に限られないと解されている。それは日本国憲法が人権という考え方を基礎としているからである。

中国憲法33条は中華人民共和国国籍を有する人を「公民」としているので国民と訳すこともできる。国家の一員であって初めて権利の主体となることが合意されているので、市民という訳も可能である。どう訳しても説明が必要な言葉である。

中華人民共和国国籍を有する人の集合を「公民」とすると、その大部分は「人民」であり、それ以外に少数ではあるが「人民の敵」となる人々がいるというのが中国の法や政治の発想である。憲法1条に言う人民民主独裁と言う時の「人民」や、憲法2条が「中華人民共和国の一切の権力は、人民に属する」と言う時の「人民」はこれである。

人民民主独裁とは、「工人階級」(労働者階級)が指導し、「工農同盟」(労農同盟)を基礎とする政治原理である。「人民」とは労働者階級や農民階級に属する人々からなる。農民は、人民の中の指導階級ではなく、指導階級たる労働者の同盟者であるという扱いであり、かつては農村部と都市部とでは1票の価値は、前者の方が低く設定されていた。現行の選挙法では1票の価値は同等に設定されている。今日では、知識人や企業家も労働者階級に準じて扱われるし、利子・配当・家賃収入がある人も含まれるので人民の範囲は広い。(中国百科及び同増補分新版より、図は百度図片)

大陸から黄砂大量飛来の中、桜満開!

黄砂で視界不良、市街の建物や山が霞む

コロナ禍の3月30日、大量の黄砂が日本列島に飛来しました。黄砂は、東アジア内陸部の砂漠や乾燥地域の砂塵が強風により砂塵嵐(砂嵐)となって上空に巻き上げられ飛散し一時的に視界を遮られる現象で、空気中にほこりや砂が滞留するため人体への影響や、交通障害の原因ともなります。気象庁は黄砂飛来情報を発表し注意を呼びかけています。(上は、3月27日~29日、中国中央気象台の砂塵飛来天気予報図。下は、3月16日の北京市内の様子。謄訊網より)

神戸市では30日午前中から視程が4Kmと悪く、山や市街地の建物がぼんやり霞んでいました。中国ではさらにひどい状況になっているようでこの時期、柳やポプラの綿毛の飛散と合わせ外出時は厳重な警戒、予防対策が必要となっています。コロナ感染拡大や黄砂飛来の中にあっても季節は春、桜が満開に咲き誇り訪れた人の目を楽しませていました。(写真は3月31日、垂水区名谷町の垂水健康公園満開の桜)

尼崎で「鞍山市青少年芸術交流展」

中国鞍山市・若手アーティストの芸術交流展

中国遼寧省の中央部に位置する鞍山市は古くから鉄の産出で知られている都市で、1983年2月に兵庫県尼崎市と友好都市提携を結んでいます。この度、尼崎市は友好都市の中国・鞍山市青少年芸術交流展を2か所で計画しています。

●2021年3月2日(火)~17日(水)8:45~17:30(土・日除く

場所:尼崎市役所中館2階

●2021年3月20日(土・祝)~3月31日(水)10:00~20:00

場所:あまがさきキューズモール3F(ドコモショップ向かい

(キューズモールはJR尼崎駅北口からデッキを渡ったところ)

※参観に際し、念のため日程・会場を下記へご確認下さい。

主催:尼崎市・鞍山市

問合せ先」尼崎市文化振興担当(細井さん)

☎06-6489-6017 Fax:06-6489-6702

E-mail:ama-kokusai-koryu@city.amagasaki.hyogo.jp

   キューズモールへのアクセス

中国歴史講座「古代日本人の世界観」

来村多加史先生講演ー弥生人が見た中国ー

東アジアを視点に古代中国と日本の歴史を学ぶ講座は新しいシリーズに入ります。古来、日本人が中国とどう付き合ってきたかを、文献記録や考古資料で探り、現代の日中外交史を考える上での基本を追及します。

NHK歴史番組などでお馴染みの来村多加史先生の「中国歴史講座」です。中国の歴史を基本に、同時代の日本人=弥生人はどういう世界観をもっていたのか?わかりやすく、大好評の先生手作りのテキストによる講義で学びます。どなたでも参加できます。

日時:2021年2月27日(土)午後2時~4時30分(質疑応答含む)

会場:東播磨生活創造センター(かこむ)1F講座研修室

講師:来村多加史 阪南大学国際観光学部教授

資料代:1,000円、大学生800円、高校生以下無料

感染予防対策をして開催します。必ずマスク着用下さい!

コロナ感染拡大状況により変更になる場合がありますので、参加に際しては下記へご確認下さい。

主催:日中友好協会加古川支部 090ー8753-5972

記念講演「コロナ禍の中の現代中国社会」

―監視社会論からの視点―Zoom視聴も可能

非核の政府を求める兵庫の会は2月13日に第35回総会を開催します。当日、神戸大学大学院・梶谷懐教授を迎え総会記念講演会が開催されます。講演会にはどなたでも参加できます。

コロナ禍が全世界に広がる中、アジア諸国と欧米との対応の差が目立ちます。その象徴が、発生源である武漢を皮切りに都市を封鎖し、人々の移動の自由を奪った上で、スマートフォンのアプリで個人情報を記録し徹底した感染対策を行った中国と、いくつかの都市を封鎖しながらも、感染対策を基本的に個人の判断に任せ、結果として世界最悪の感染拡大を招き、40万人に迫る死者を出しつつある米国という二大大国の対比でしょう。

本報告では、コロナ禍によって顕在化した、個人情報を利用した感染対策の徹底化とプライバシー保護との相克という問題を、功利主義と監視社会という切り口から考えてみたいと思います。

日時:2021年2月13日(土)14:30~16:30(総会は1:30~

会場:兵庫県保険医協会6階会議室

JR/阪神「元町」駅東口を南へ徒歩7分、兵庫県農業会館向かいの神戸フコク生命海岸通ビル6階(078-393-1833)

講師:梶谷 懐 神戸大学大学院経済学研究科教授

参加費:1,000円(会員は無料、Zoomも同様)

「Zoom視聴について」

メールの件名を「非核の会Zoom視聴希望」にし、本文に①お名前②電話番号③会員、非会員の区分、を記載の上、前日までに下記アドレスへ送信して下さい。案内メールを返信します。

Zoom申込用メールアドレス hikakunokai.hyogo@gmail.com

主催:非核の政府を求める兵庫の会

事務局:電話 078-393-1833

e-mail:yamakawa-t@doc-net.or.jp

元八路軍兵士の日本人「私は八路軍の少年兵だった」

元八路軍兵士となった日本人の体験記録

著者の藤後(とうご)博巳さん(1929年生)は、1943年(昭和18年)、高等小学校卒業後、満蒙開拓青少年義勇軍に志願。茨城県内原訓練所に入所。1944年2月渡「満」四平省昌図訓練所に入所後、ハルビン郊外の嚮導訓練所に移る。1945年8月、敗戦とともにソ連軍の捕虜となり、海林捕虜収容所を経て牡丹工捕虜収容所に収容される。同年10月釈放されてハルビン郊外の難民収容所に収容される。1946年、ハルビンに進駐してきた八路軍に加わり、以後、各地を転戦。1955年(昭和30年)帰国。以来、日中友好運動に携わる。現日中友好協会大阪府連合会顧問。

日本と中国との関係は歴史的に古く、絶ち難い強い絆で結ばれていますが、その背景には過去も今も、様々な人間のドラマがあります。その卑近な例を挙げるとしますと、一つに中国残留―日本人孤児たちがあります。歴史に翻弄されて苛酷な人生の苦渋を余儀なくされたこの人たちは、日本の中国侵略戦争のもたらした「負の歴史」の生き証人でもあります。その日本の子どもたちが、中国の人の手によって育てられ、成長し、その多くが中国の地に根を下ろしているその意義は深く、かつ重いものがあります。そしてその動機はともかく、中国の養父母たちの人道精神は、私たちに深い感銘を与えました。その孤児たち一人ひとりの心情はどうであろうとも、かれらこそ日中両国のかすがい的存在であることは何人も否定できません。

いま一つに、戦後、日本人でありながら八路軍(現中国人民解放軍)の兵士として戦後内戦に参加し、前線で、あるいは後方で、中国人たちとともに新しい国づくりに協力した人たちがいました。世間ではほとんど知られていない戦後の日本人の足跡があります。実は私もその一人だったのです。(著書の「はじめに」より抜粋)

(藤後さんの体験は2020年8月22日付毎日新聞夕刊に大きく紹介されました。上)

著書「私は八路軍の少年兵だった」お申込みは下記へお問い合わせ下さい。

E-mail:tougohiromi@yahoo.co.jp (藤後博巳さん)