ラサの心臓 ― 大昭寺(ジョカン寺)で触れた祈り
昼から、布達拉宮のすぐ近くにある大昭寺(ジョカン寺)へ向かいました。 ここも世界遺産に登録されており、ラサの中心に位置するチベット仏教の聖地です。
大昭寺はポタラ宮から東へ約1km。 7世紀、吐蕃王朝のソンツェン・ガンポ王によって建立されました。 寺院の中心には、唐から嫁いだ文成公主が持参したとされる 釈迦牟尼12歳等身像が安置されています。 (残念ながら内部は撮影禁止でした)
内部はバター灯(蠟燭)の明かりだけが揺れる薄暗い空間で、 旅行者の私と、熱心な信者たちが同じ通路を行き交います。 その雰囲気に、少し罰当たりな気持ちになり、 自然と背筋が伸びるような神妙さを覚えました。
■ チベット人の心の中心地
大昭寺は、チベット仏教の総本山であり、 チベット人なら一生に一度は必ず参拝したいと願う心の中心地です。
寺院は西向きに建てられています。 これは建立当時の妃・ティツン妃がネパール出身で、 故郷の方向に向けて建てられたためだと伝えられています。
屋根の上には黄金の法輪と、 その法輪を回すように跪く二頭の鹿が飾られています。 法輪は釈迦の教えの象徴で、 チベット仏教の精神を表す大切な意匠です。
■ 五体投地 ― 絶対的な帰依の形
大昭寺の前では、多くの信者が五体投地をしていました。
五体投地とは、 両手・両膝・額の五つを地面に投げ伏して礼拝する方法で、 対象への絶対的な帰依を示す、最も丁寧な礼拝のひとつです。
巡礼者たちは敷物や膝当てを準備し、 一回一回、丁寧に地面へ身を投げ伏しながら進んでいきます。 その姿は、ただの宗教行為ではなく、 人生そのものを捧げるような深い祈りに見えました。
■ 2400kmを五体投地で ― 祈りの旅
巡礼者は大昭寺へ向かう巡礼道「バルコン」を通り、 マニ車を回しながら歩く人もいれば、 五体投地を繰り返しながら少しずつ前へ進む人もいます。
中には、はるか遠くの村から何ヶ月、何年もかけて ラサを目指す巡礼者もいます。
2017年には、 チベットの小さな村から2400kmを五体投地で約1年かけて巡礼した 子供を含む3家族11人の村人を描いた映画 『ラサへの歩き方 祈りの2400km』が上映されました。
信じられないほどの距離ですが、 彼らは「ズルをしないこと」「他者のために祈ること」を大切にしながら進んだといいます。
チベット仏教の教えは、 現代にも通じる深い意味を持っていると感じました。

広島市長を1991年から2期8年務めた平岡敬(ひらおか たかし)さんは、現在98歳。ご高齢ながら、いまも「アメリカによる核爆弾投下の責任追及」「二度と核兵器が使われない世界をつくるために」などのテーマで講演を続け、新聞・雑誌への寄稿も精力的に行っています。
1972年の日中共同声明には、次の三点が明確に示されています。
7月28日午後、中国駐大阪総領事館主催による「東京裁判開廷80周年記念シンポジウム」が、同館2階ホールで開催されました。当日は約80名が参加し、日中友好協会からは兵庫県連の3名、大阪府連の山本会長、和歌山県連の石田事務局長夫妻が出席しました。会場には学生を中心とした若い世代の姿が多く、参加者の半数を占めていました。
昨晩は少し頭痛がありましたが、朝になるとすっかり回復していました。 ホテル近くの小さな雑貨屋へ行くと、店番のおばさんが「你好」と声をかけてくれます。 一度会っただけなのに挨拶してくれる――その温かさがとても心地よく感じられました。
その後、国内の仏教対立や王位継承問題などで吐蕃は877年に滅亡。 時代は流れ、1642年にダライ・ラマ5世がチベットを再統一し、 3年後に増築する形で布達拉宮の建設が再開されました。 歴代のダライ・ラマによる増改築が続き、 1936年に現在の姿となりました。
布達拉宮では屋上にも上がることができました。 写真で見る布達拉宮は壮麗ですが、 屋上から眺める景色もまた格別です。
布達拉宮は、現在の中国で発行されている50元紙幣の裏面に描かれています。
中国の旅では、いつも安ホテルを利用しています。 今回も写真にあるような二階建ての素朴なホテルに宿泊しました。
納木错の標高は4700m。 酸素ボンベを携帯しての訪問です。
湖の向こうには、 万年雪をいただく7000m級のニェンチェンタンラ山脈が横たわり、 静寂の中に圧倒的な美しさが広がっています。
この神聖な湖でも、祈祷旗と同じくらいよく見かけるものがあります。 それはヤクの糞です。

同盟国に使用中止を働きかけ
NVIDIA製半導体の供給を止めようとしたものの、DeepSeekは独自に半導体を確保し高性能AIを完成。 その影響でNVIDIA株が急落したことも紹介されています。
前回ご紹介した九塞溝のすぐ隣、 といっても山ひとつ隔てて何十キロも離れていますが、 四川省北部にはもう一つの絶景、黄龍(ホアンロン)があります。
ここは、石灰分を含んだ湧水が 気の遠くなるような年月をかけて自然に作り上げた石灰棚。 その棚田のような段々に、 彩池(さいち)と呼ばれる湖沼がどこまでもどこまでも続いています。
私は文学の才能はありませんが、 黄龍を歩きながら「水色とは何か」を考えさせられました。
「共産党員号」機関車は、中国鉄路沈陽局集団有限公司・沈陽機務段に所属し、牽引機は「和諧D3D1921」型。 2016年7月1日に正式に「共産党員号」と命名され、今年でちょうど10周年を迎えました。
「共産党員号」には10名の運転士が所属しており、全員が共産党員。 1本の列車には2名が乗務し、走行中は交代しながら運転します。
編成は硬臥(ハード寝台)13両、軟臥(ソフト寝台)3両、高級軟臥1両の計17両。 機関車の特別な意味合いから、停車駅のホームでは記念撮影をする旅客の姿も多く見られます。
赤い車体は星の光を映し、 「共産党員号」は今日も前へ進み続けます。 使命を胸に、力強く駆け抜け、 新たな旅路でその栄光をさらに刻んでいくのです。
今回は、中国内陸部・四川省の北端に位置する九塞溝(きゅうさいこう/ジウジャイゴウ)です。 省都・成都から飛行機なら1時間足らず、現在では高鉄(新幹線)で約2時間と、アクセスは非常に便利になりました。
九塞溝には数多くの名勝がありますが、その代表格が五花海です。
九塞溝の最奥、海抜3100mに位置する五彩池は、 まさに九塞溝の象徴ともいえる場所です。
入り口から歩いていくと、連なる湖沼の間に盆景灘瀑布が現れます。 海抜2000m付近なので、夏でも涼しい風が心地よく感じられました。
ところが、2020年の全国人民代表大会で「国家通用語文」普及政策が決議され、これに基づき教育内容が大きく変更されました。 同年9月の新学期から、小中学校の「語文(国語)」「政治(道徳)」「歴史」は漢語の教科書を使用し、授業も漢語で行うことが決定。つまり、1年生から漢語による授業が始まることになったのです。