中国帰国者が生け花に挑戦

生活講座で日本の文化、習慣を体験

神戸市と明石市からの委託事業として中国帰国者に週1回の日本語教室や日本の文化、習慣を紹介し体験してもらう生活講座を月1回開催している中国「残留日本人孤児」を支援する兵庫の会(浅野慎一代表)は12月24日午後、明石市で正月用生け花教室を開きました。佳生流師範・石井敏子さんが通訳をつけてわかりやすく指導し、本山教室と明石教室に通う帰国者一世、二世合わせて30人が生け花に挑戦しました。支援する会の世話人、ボランティア十数人が会場設営、生ける花や道具の準備、アドバイスなど世話役として参加しました。当日参加した帰国者の中には生け花は初めてと話す人もいて、これまで難しいものとずっと思っていたが先生のわかりやすい説明、指導で実際に挑戦してみてとても楽しかったと笑顔で語っていました。

東神戸支部が総会記念講演会を開く

2023年中国経済の動向と新疆ウイグル自治区訪問報告

12月17日午後、日中友好協会東神戸支部は支部総会を開催し、総会終了後、井手啓二立命館大学名誉教授を迎え学習講演会を開催しました。井手氏は先ず、今年9月1日~9日、中華人民共和国駐大阪総領事館主催の新疆ツアーに参加した際の様子について報告をしました。

ツアーは日本人18人、中国人3~7人が参加し、天山南路コースで行われ11年前に訪れた天山北路との違いについてテロ対策の強化、特に県境での検問の厳しさが印象的であったと感想を語っています。新疆の1949年の総人口は433万人、内ウイグル族人口は360.8万人、2020年時点では総人口2,590万人となり内ウイグル族の人口は1,162万人で、ウイグル族の人口が全体の半数以下となっていることを紹介しました。有名な観光地訪問では自然、文化、歴史を毎日感じる思いであった。タクマラカン砂漠には地下水路が沢山あり、オアシス都市の人口が40万人~70万人となっていた。

海抜3千6百メートルに位置するカラクリ湖から看る景観は圧巻だった。農業も盛んで、特に綿花栽培が大きく発展していたとのことです。中国経済の見通しについては、米中関係が影響しており厳しい状況はあると思うが、年率3~5%の経済成長はするだろうと語りました。BRICSや上海協力機構(SCO)に参加する国も増えており、アジア地域の発展があり、それほど心配することはない。台湾との関係も経済が深くつながっており、争いが起きるとは考えられないと語りました。(H)

珠海と香港国際空港の制限エリアをダイレクトに結ぶバス開通

港珠澳大橋を活用した「経珠港飛」プロジェクト

香港空港管理局と広東省珠海市政府は12月12日、中国本土の旅客に対して香港国際空港経由での国際線フライトの利便性が向上する「経珠港飛」旅客輸送プロジェクトを共同でスタートしました。同プロジェクトは、港珠澳大橋を活用したプロジェクトの一環で、中国本土→香港国際空港方向では、港珠澳大橋の珠海側イミグレーションに設けられた香港国際空港のチェックインカウンターでボーディングバスの発券及び手荷物の預け入れができ、その後は専用バスに乗車して香港の入・出境手続きをすることなく香港国際空港の制限エリア内に到着し、直接出発ゲートへ向かうことが出来るというもの。専用バスの乗車時間は約40分。

香港国際空港→中国本土方向でも、各地から香港国際空港へ到着した後、制限エリア内で専用バスへの乗り継ぎ手続きを行い(出発地で預け入れした手荷物もスルー扱いに)、こちらも香港の入・出境手続きをすることなく珠海へ向かうことができる。多くのフライトが対応するが、一部例外もある。バスの運行運度は初期段階で1時間に1本で、珠海→香港国際空港が午前10時から午後7時、香港国際空港→珠海が午前9時から午後8時とのこと。なお、同様のサービスは澳門と香港国際空港の間でも今年(2023年)8月下旬からスタートし、好評を博しています。(マカオ新聞より)

南京大虐殺事件から86年

犠牲者追悼式典に1万人が出席

1937年8月から始まった第二次上海事変に伴い派遣された日本陸軍の上海派遣軍(司令官・松井岩根)は国民政府軍の激しい抵抗を受けて苦戦を強いられたが、11月5日に第10軍(司令官・柳川平助)を杭州湾に上陸させ中国軍の背後を突き、3か月にわたる上海戦に決着をつけた。上海派遣軍と第10軍をあわせて編成された中支那方面軍(司令官・松井岩根)は上海戦のために派遣された軍であった。それが、武藤章、松井岩根、柳川平助らの野心によって、準備も作戦、装備もなかった南京攻略作戦を参謀本部の統制に反して現地軍の独断専行で強行し、「南京大虐殺事件」を引き起こしたのである。

大本営の正式の命令もないまま、参謀本部の統制に反するかたちで、中支那方面軍が独断専行で開始した南京攻略戦であったが、日本の大新聞は同作戦に便乗して、大規模な報道陣を前線へ派遣し、従軍記者に少なからぬ犠牲者を出しながらも、「南京城に日章旗が翻る日はいつか」「どこの郷土部隊が南京城一番乗りを果たすか」などの報道合戦を繰り広げた。国民は南京城に迫る日本軍部隊の報道に注目し、興奮するようになった。国民も「中国一撃論」に幻惑され、南京が陥落すればあたかも日中戦争が決着して、日本が勝利するかのような期待感を抱くようになった。

1937年12月、日本軍は首都南京の攻略戦で、投降した中国軍の兵士や一般市民、難民に対して虐殺を行いました。日本軍による中国人虐殺は20万人に及びます。中国はユネスコに南京虐殺の資料を世界記憶遺産として登録申請し、2015年10月10日に登録が発表されました。

南京大虐殺事件から86年となった今年12月13日、南京市の南京大虐殺遇難同胞紀念館の広場で犠牲者追悼の記念式典が開催され、生存者や犠牲者の遺族、学生、市民、日本など国外からの参加者など約1万人が参加し中国国家公祭日として虐殺の犠牲者に黙祷し追悼しています。式典であいさつした全国人民代表大会常務委員会副委員長・李洪忠氏は「人類文明史の暗黒の1ページだ。国際法に明確に違反する暴行で、誰であれ、どのような勢力であれ否定することの出来ない反人類的犯罪である」と強調しました。今年は日中平和友好条約締結45周年であり、両国は建設的で安定的な中日関係の構築に努力し、アジアと世界の平和、安定、繁栄に貢献しなければなりません」と呼びかけました。南京事件の生存者は現在38人となり、平均年齢は93歳を超えています。

中国残留帰国者問題の残された課題

中国残留邦人帰国者2世問題とは何か?

中国残留邦人帰国者1世に対しては、日本政府は、全国各地での国賠訴訟の提起を受けて、2008年に「中国残留邦人等の円滑な帰国の促進並びに永住帰国した中国残留邦人等及び特定配偶者の自立の支援に関する法律」(現在の名称、以下「新支援法」と言う)を改正し、生活保護に替わる制度として、生活支援給付金と老齢年金の満額支給(月6万6000円)等の支援を行っています。また、2014年からは、新支援法を改正して、1世と死別した配偶者について老齢基礎年金の2/3相当額の配偶者支援金(月約4万4000円)の支給という支援も行っています。

その一方で、2世に対しては、ほとんど支援がなく、特に2世の中でも多くを占める私費帰国の2世については、そもそも新支援法・施行規則上の「家族等」の定義(永住帰国時の同行する配偶者や原則として20歳未満かつ未婚の実子)から除外されてしまっています。そのために、2世の多くは、日本語がままならず、安定した仕事に就けず、決して少なくない2世が、高齢化した現在、年金も無支給又は低額しか受給できず、生活保護に頼らざるを得ないという支援法改正前の1世同様に苛酷な状況に置かれています。これが、今なお残されている中国残留邦人帰国者2世の問題です。

この問題に対し、日本政府は、戦後生まれの2世については「今次の大戦に起因して生じた混乱等により本邦に引き揚げることができず引き続き本邦以外の地域に居住することを余儀なくされた」(支援法1条)という特別な事情がないなどとして、2世への老後の支援等を拒絶してきました。しかしながら、そもそも、2世の多くは、日本政府の戦後の1世に対する帰国支援の欠如、帰国妨害の結果1世の帰国が30年~50年遅れ、その遅れがそのまま2世に影響し、30歳~50歳になってからの帰国を余儀なくされたものです。

また、日本政府が、家族の繋がりを無視して、1世と国費同伴帰国できる2世を、原則として20歳未満かつ未婚に制限した結果、2世の帰国は余計に遅れてしまったものであり、この政策も誤りであったといえます。その結果、2世は、1世の配偶者と同様に、1世と「長年にわたり労苦を共にし」(新支援法1条)、1世を支えるために永住帰国した経緯があり、かつ、日本語が不自由で、老後の蓄えもない状況が2世にもあり、「自立支援を行う」必要がある(同法1条)にもかかわらず、苛酷な状況に陥ってしまっているのです。このように、2世の現状は、戦後の日本政府の誤った政策が招いた結果といえるのあって、日本政府の責任において改善すべきものと言えます。(浅野愼一摂南大学特任教授、中国「残留日本人孤児」を支援する兵庫の会世話人代表、写真上は本山教室で日本語を学ぶ帰国者2世)

10万筆を目標に取り組んでいる帰国者2世支援署名は現在全国で6万1117筆集り、来年の通常国会(2024年6月開会予定)に向け10万達成をめざし続けています、何卒ご協力をお願い申し上げます。

新疆・ウイグルの今と 中国社会のこれからを考える

東神戸支部総会と記念学習講演会

日中友好協会東神戸支部は下記の日程で支部総会を開催します。総会終了後は記念講演会を開催します。記念講演会にはどなたでも参加できますのでご参加下さい。

井手啓二先生は今年9月、中華人民共和国駐大阪総領事館主催の「新疆・ウイグルツアー」に参加され、今回は自身の眼で見て、感じた現地の様子をお話し頂きます。今回のツアーは観光地だけでなく、農場、企業、小学校訪問、新疆対外友好協会との交流など多彩な内容であったとお聞きしています。井手先生は、経済学者として中国経済にも詳しく、中国のこれからについてもお話し頂く予定です。

日時:2023年12月17日(日)午後3時~

会場:神戸市立東灘区文化センター8F 第1会議室

講師:井手啓二 立命館大学名誉教授

入場無料

主催:日本中国友好協会東神戸支部

Tel&Fax:078-412-2228

イスラエル・パレスチナ問題についての理事長談話

協会本部は12月4日、イスラエル・パレスチナ問題についての理事長談話を発表し、岸田首相、駐日イスラエル大使館、駐日パレスチナ常駐総代表部、駐日中国大使館へ送りました。談話全文を下記に紹介します。

イスラエル・パレスチナ問題についての理事長談話

「一刻も早い恒久的な停戦を」

ハマスがイスラエルの入植地に大規模攻撃を加え、さらには多くの人質をとったことから始まった今回の戦争は、ジェノサイドともよばれるイスラエルによるガザ攻撃を招き、すでに1万人を超えるパレスチナの一般市民の犠牲者を産み出すに至っています。特にイスラエルによる攻撃の犠牲者の4割までが子どもと伝えられるような中、一刻も早い停戦と休戦を求める国際世論が強まっています。

しかし、日本政府は国連総会で採択された休戦提案に棄権するなど、アメリカに追随した態度で世界の信頼を失っています。日本国民としてこの態度には失望するとともに抗議せざるを得ません。

私たちは日中不再戦を求めて活動を続けている団体として、「すべての紛争を平和的手段により解決し、武力又は武力による威嚇に訴えないことを確認する」と宣言した日中共同声明と日中平和友好条約の精神を大事にしていますが、その立場から日本政府も行動することを強く求めます。

今、中国政府は「即時停戦」を求めてフランス大統領との電話会談の後、国連の行動、和平会談の提唱など様々な努力を始めています。一刻も早い恒久的な停戦を目指すこのような世界の動きを注目し、私たちも共同の努力を尽くしたいと考えます。

2023年12月4日      日本中国友好協会

理事長 松尾 武蔵

南京の人びとを救った外科医

ドキュメンタリー映画と講演で「南京事件」を考える

ロバート・O・ウイルソン(1904-1967)南京国際赤十字委員会委員。金陵大学付属病院(鼓楼病院)医師。日本軍の南京占領時、唯一の外科医師として鼓楼病院で医療活動に従事し続々と病院へ運び込まれる負傷者の治療にあたった。上映されるドキュメンタリー映像は、日本軍占領下で南京に残ったただ一人の外科医―ロバート・O・ウイルソンの記録で史上初めての映像です(上映時間50分)。

ドキュメンタリー映画「ウイルソン医師―南京孤独のたたかい」

講演:高文軍(元桜花学園大学教授)

「私と南京―歴史、大虐殺の事実調査、戦争中の父」

高文軍さんプロフィール

1954年生まれ、1982年中国南京師範大学(当時は「師範学院」)を卒業。1991年に来日し、名古屋大学大学院で博士課程を終え、2020年3月まで桜花学園大学の教授。父は、1942年冬、日本軍下の「偽軍」が新四軍の根拠地への攻撃を行い、父の部隊は阻止の戦闘に出た。弾が尽きて捕縛され投獄された。雪の山野で服、靴と帽子を奪われ、素足で血だらけのシャツ一枚で拷問を受けている。

日時:2023年12月9日(土)14時開演

会場:エルおおさか・南館5Fホール(地下鉄京阪「天満橋」)

資料代:1,000円

主催:南京の記憶をつなぐ2023

満蒙開拓の歴史を無かったことにしてはいけない!

「中国残留邦人への理解を深める集い」―映像と講演で体験者の思い伝える

11月23日午後、神戸市主催の2023年度中国残留邦人への理解を深める集いが神戸市垂水区で開催され市民約130人が参加しました。神戸市福祉局くらし課課長の平野憲司氏が主催者あいさつ、委託団体・中国「残留日本人孤児」を支援する兵庫の会の浅野愼一世話人代表が、コロナ後、帰国者支援活動は再開しているが、医療や介護など見えづらい問題があり、二世問題も起こっている。帰国者問題の原点を見ていく必要がありますとあいさつしました。

集い第一部では、神戸朝鮮高級学校舞踊部の皆さんが舞踊「小鼓の舞」、独舞「チャンゴの舞」を披露し会場から大きな拍手がわき起こりました。第二部は、2013年信越放送制作のドキュメンタリー映画「刻印―不都合な史実を語り継ぐ」を上映。信越放送ディレクターの手塚孝典氏が満蒙開拓団の体験者へのインタビューをもとに「満蒙開拓・加害と棄民の歴史に向き合う」と題し講演しました。

手塚氏は、戦後の日本はアジアへの侵略の記憶を消し去ることから始まり、日本の戦争の歴史からアジアの存在を覆い隠した。しかし、これらの地域との歴史的関わりを無視した結果、日本はどのような国になったのか。戦争体験は、悲劇を生き抜いた美談へと横滑りし、「戦争犠牲者としての国民」は、敗戦の焦土からの復興、高度経済成長という新たな物語の主人公を自認することになり、戦前・戦中の日本の優越意識を経済原理によって上書きした。「アジアの盟主」という自意識は、敗戦によって断ち切られたわけではなく、社会の底流にうごめいている。いま日本政府は隣国との和解に力を注ぐかわりに、対立を煽りたて、戦争による国際問題の解決を前提にした新たな安全保障政策へと大きく舵を切っている。

満蒙開拓の歴史を問い直すことは、日本の戦争をアジアへの侵略と植民地支配、棄民政策の歴史として直視することに他ならない。「刻印」が描いたのは、そこにある❛問題❜ではなく、国策の過ちの代償を負わされ、戦後もなお苦難の人生を生きる❛人間❜の叫びである。国策がつくる「公的」な歴史から零れ落ち、あるいは意図的に隠されていく民の声こそ、伝えられるべきで、その声を聴き、記録し、多くの人に問いかけ、満蒙開拓の歴史と、その教訓を社会全体で共有することが必要である。決して無かったことにしてはいけない、無かったことにさせてはいけないと訴え、開拓団体験者や逃避行の途中で母親と死別、兄弟と生き別れ終戦から40年を経てやっと帰国した残留孤児など3人へのインタビュー内容を紹介しました。(U)

「停戦を!虐殺やめろ!」各国で抗議デモ広がる

世界を動かす民衆の声、「世界平和」に大国の責任

イスラエルのガザ爆撃、民衆の虐殺への抗議活動は11月に入って世界でますます広がっている。「ハマスの攻撃に対するイスラエルの自衛権行使」などの「言い訳」ではなく、「天井のない監獄」に封じ込めたガザの人びとを空爆と戦車で抹殺しょうとする国際法違反の攻撃も一層明らかになってきたためである。

11月4日には、米国ワシントンで数万人が参加したデモがホワイトハウスと連邦議会議事堂の通りを埋め尽くしたほか、ベルリン、ロンドン、パリなどでもデモが広がった。すでにイタリア、スイス、デンマーク、オランダなど欧州、トルコ、オーストラリアなどにも広がっている。

2003年から4年にかけて、米国のイラク攻撃に反対するデモが世界中を一周したことがあったが、今回の「民衆デモ」はまさにそれを超える広がり。国連特別総会での賛成121、棄権44、反対14という国際世論も裏付けされた形だ。

米中は、11月中旬にサンフランシスコのAPEC(アジア太平洋経済協力)の会議の際、バイデン大統領と習近平国家主席の首脳会談が行われた。中国の王毅外相は、即時停戦と他のアラブ諸国を交えた「国際平和会議」の早期開催を主張しており、そこに進めるか、期待は高まっている。

すでに「世界の警察官」はいなくなった世界だが、軍事的、経済的影響力のある大国は、世界平和の責任から逃れられない。「世界を動かすのは平和と人権を求める民衆の声」という原点に立ち返っての行動を求めたい。ただ、私たちにとっての問題は、こんな状況の中でも米国追従を崩さず国連での「即時停戦」に棄権し、外相がイスラエルを訪問して、民衆への無差別攻撃や虐殺行為の国際人権法違反の非難より「自衛権」を口にしてイスラエルのご機嫌取りをする日本政府の外交姿勢だ。

「私たちはもう戦争はしない。すべての国は民衆への攻撃はやめ、国際紛争はすべて話し合いで―」。「戦争放棄」の日本国憲法9条をもつ日本は、こう主張する。「反戦と正義の国」でなければならない。これは自民党政権でもできるはずだ。(丸山重威・ジャーナリズム研究者 日中友好新聞12月1日「中国レーダー」より)