晩唐の詩人・杜牧「山行」を読む

10月31日に開催した第24回「漢詩を読む会」は晩唐の詩人・杜牧の「山行」を映像を見ながら、丹羽博之大手前大学総合文化学部教授の解説で読みました。

杜牧(803~852)

字は牧之、号は樊川(はんせん)。京兆万年(陝西省西安市)の人。憲宗朝の宰相で「通典」の著者として有名な杜佑の孫にあたる。太和二(828)年、進士に及第、さらに賢良方正科にも及第してエリート官僚として第一歩を踏み出す。弘文館校書郎、左武衛兵曹参軍を経て、広西観察̪使であった沈伝師に招かれ、部下として洪州(広西省南昌市)へ赴く。太和四(830)年、沈伝師の転任により宣州(安徽省宣城県)へ移り、その地で3年間を過ごす。その後揚州、洛陽を経て都に戻り、再び湖州(浙江省呉興県)の刺史となり、約一年後に孝功郎中、知制誥に任命されて長安に戻り、大中六(852)年、中書舎人に進み、同年11月に50歳で没した。

杜牧の詩は、軽妙洒脱が持ち味でセンスがよい。特に七言絶句にその才が遺憾なく発揮された。盛唐から中唐へと洗練されてきた詩の美しさ、うまさの感覚が、風流な貴公子・杜牧の才をまって花開いた、と考えられる。杜甫を「老杜」というのに対し、「小杜」と呼ばれる。(石川忠久 漢詩鑑賞事典より)

山 行 杜牧〈七言絶句〉

遠上寒山石徑斜  遠く寒山に上れば石径斜めなり

白雲生處有人家        白雲生ずる処人家有り  

停車坐愛楓林晩        車を停めて坐に愛す楓林の晩

霜葉紅於二月花        霜葉は二月の花よりも紅なり

この詩の最大の妙味は、霜にうたれて色づいた楓の葉を、二月の春の盛りの花よりもさらに赤いと言い放った奇想天外さにある。

次回の第25回「漢詩を読む会」は12月19日(土)です。

テーマは「白楽天の新年」

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