第72回県連総会を開催

全国大会の決定を受け、新たな年度へ歩み出す一日

7月6日午後、第75回全国大会の決定を受けて、県連の定例総会が開かれました。雨模様の中でしたが、15名が参加し、落ち着いた雰囲気の中で会議が進められました。

◆ 開会あいさつと祝電・メッセージ

総会は福田千種理事が議長に選出され、前田清会長のあいさつで始まりました。続いて祝電・メッセージが紹介され、協会本部、東京都連、大阪府連、奈良支部をはじめ、中国大阪総領事館の薛剣総領事、兵庫県議会議長、芦屋・明石・赤穂の各市長、兵庫民商、神戸合同法律事務所、神戸医療生協、国賠同盟、日本共産党神戸市議団など、多方面から温かい言葉が寄せられました。

◆ 活動報告・次年度方針・財政報告

兵頭晴喜理事長から、活動報告、次年度方針、財政報告、新役員案が示され、参加者との質疑や意見交換が行われました。

報告では、協会活動の柱である日中不再戦・平和の取り組みに加え、

  • 中国語講座

  • 太極拳

  • 各種学習活動

などの現状が共有されました。

◆ 支部からの活動報告と課題

討論では、西宮支部から中国茶の会、月例学習会、尼崎での中国史学習会などの取り組みが報告されました。一方で、中国語講座や学習会の宣伝不足が指摘され、今後は積極的な広報を工夫していくことを確認しました。

財政面では、会員・準会員の減少や中国語講座受講者の減少を克服する必要があるとの課題も共有されました。

◆ 新役員の承認

討論を経て、活動報告・方針・財政報告・役員案はすべて拍手で承認されました。 役員では、姫路支部の河野興仁さんが退任し、新たに「中国残留孤児を支援する会」の瀧本恵子さんが理事に就任しました。

◆ 記念講演「核不拡散(NPT)条約再検討会議に参加して」

総会終了後、休憩をはさんで15時から記念講演が行われました。 講師は兵庫県原水協の梶本修史事務局長。テーマは 「核不拡散(NPT)条約再検討会議に参加して~核廃絶と世界平和」。

梶本さんはパワーポイントを使い、NPTの歴史や今回の会議の様子を詳しく紹介しました。最終合意文書は採択されなかったものの、多くの国が核兵器廃絶への決意を表明し、核兵器禁止条約への参加国も増えていることを報告。 最後に、日本政府の姿勢転換を求め、核廃絶へ向かう道筋を示して講演を締めくくりました。

◆ おわりに

雨の中での開催となりましたが、総会は新年度の歩みを力強く始める場となりました。支部の活動報告や課題共有、記念講演を通じて、平和への思いと地域活動の大切さを改めて確認する一日となりました。

各地で「戦争展」が開かれます

夏の訪れとともに、兵庫県内の各地域で恒例の「戦争展」が開催されます。 戦争の記憶を語り継ぎ、平和の尊さを次の世代へ手渡すために続けられてきた取り組みで、今年も多くの市民団体が力を合わせて準備を進めています。

展示資料や写真、体験談、地域に残る戦争遺跡の紹介など、内容は地域ごとに特色があり、毎年足を運ぶ方も少なくありません。 静かに展示を眺める時間は、日々の暮らしの中で忘れがちな「平和のありがたさ」を改めて感じるひとときとなります。

📍 第27回 加印平和のための戦争展

日時:7月31日(金)13時 ~ 8月2日(日)16時 会場:加古川総合庁舎1階「かこむ」

加古川・稲美・播磨地域で続けられてきた「加印戦争展」は今年で27回目。 地域に残る戦争の記録や市民が集めた資料が並び、毎年、親子連れや若い世代の姿も見られます。 会場の「かこむ」はアクセスもよく、気軽に立ち寄れる雰囲気です。

📍 守ろう平和・なくそう戦争展 in 宝塚2026

日時: ・8月10日(月)10時~18時 ・11日(火・祝)10時~16時 会場:宝塚市立西公民館

宝塚では「守ろう平和・なくそう戦争展」が開催されます。 市民ボランティアの熱意で続けられてきた展示で、戦争体験者の証言や地域の歴史資料が丁寧に紹介されます。 公民館ならではの温かい雰囲気の中で、ゆっくりと展示を見て回ることができます。

📍 第31回 尼崎平和のための戦争展

日時: ・8月21日(金)9時~18時 ・22日(土)9時~18時 ・23日(日)9時~16時 会場:尼崎市立中央北生涯学習プラザ

尼崎では今年で31回目となる「尼崎戦争展」が開かれます。 長年続く取り組みだけに資料も充実しており、地域の戦争遺跡や市民の証言など、尼崎ならではの視点で平和を考える展示が並びます。 期間中は親子で訪れる方も多く、世代を超えて語り合う姿が見られます。

🌿 おわりに

これらの戦争展は、いずれも地域の実行委員会が中心となって開催されています。 「戦争の悲しみを繰り返さないために、できることを続けたい」という思いが、静かな展示の一つひとつに込められています。

夏の一日、少し足を止めて平和について考える時間を持ってみるのも良いかもしれません。

内モンゴルで進む漢語教育強化とモンゴル族の現実

中国には日本と同じく各地に方言があります。しかし、その違いは日本の東北弁と関西弁の差どころではなく、文法・語彙・発音が大きく異なり、ほとんど“別の国のことば”と言ってよいほどの隔たりがある場合もあります。 このままでは地域間の意思疎通が難しいため、北京語を基礎とした標準語「漢語普通話」が整備され、全国で普及が進められてきました。大学入試や授業、全国から人が集まる職場では普通話が使われるのが一般的です。

■ 内モンゴルの従来の教育制度

少数民族地域では、つい最近まで小学校低学年の授業はその民族の言語で行われていました。 内蒙古自治区では長年、モンゴル語を基盤に中国語も学ぶ「双語教育」が採用されてきました。

  • 小学校1・2年生:モンゴル語の標準語で授業

  • 3年生以降:漢語(普通話)による授業

ところが、2020年の全国人民代表大会で「国家通用語文」普及政策が決議され、これに基づき教育内容が大きく変更されました。 同年9月の新学期から、小中学校の「語文(国語)」「政治(道徳)」「歴史」は漢語の教科書を使用し、授業も漢語で行うことが決定。つまり、1年生から漢語による授業が始まることになったのです。

■ 住民の反発とメディア報道

この変更に対し、内モンゴルでは「民族のことばと文化が失われる」として保護者らが抗議デモや授業ボイコットを行いました。 日本のマスメディアもすぐに反応し、

  • 「モンゴル語教育廃止」

  • 「抗議行動が拡大」

  • 「中国政府の狙いは民族抹殺」

といった刺激的な見出しが並びました。

■ なぜ漢語教育が急がれるのか

中国は56民族が暮らす多民族国家であり、使用される言語も多様です。 国内の意思疎通を円滑にし、経済活動の効率化、教育水準の向上、情報化社会への適応、さらにデジタル化・AI化に伴う情報標準化を進めるため、統一言語の普及は国家的課題となっています。 こうした背景が、政府が漢語教育を強化する理由と言えるでしょう。

■ 内モンゴル自治区による住民調査

住民の反対行動を受け、内モンゴル自治区人民委員会は「住民が漢語教育強化をどう考えているか」を把握するため、自治区地方言文字研究応用センターに委託し、 「内モンゴル辺境地区言語態度および言語能力検査」 という大規模アンケートを実施。2024年に結果が公開されました。

調査対象は都市部ではなく、問題の焦点となっている辺境の20の“旗”と“市”。回答者は2,520人で、そのうちモンゴル族は2,186人。 普通話が「よくできる」と答えた人は 8.4%、モンゴル語標準語が「よくできる」は 25.6%。 多くの人が標準語ではなく、地域のモンゴル語方言を日常語としている実態が浮かび上がりました。

■ 92.6%が「国家共用語は必要」と回答

注目すべきは、「国家通用語は有用と思うか」という質問への回答です。 92.6%が「非常に有用」と答えたのです。

京都大学・慶應義塾大学名誉教授で日中友好協会副理事長の大西広先生は、ウェブメディア「中国学ドットコム」に掲載した評論 《内モンゴル辺境地区における日常語と漢語化への反応》 の中で、この結果を取り上げ、

「漢語教育が必要という点では、内モンゴルの蒙古族の中でほぼ合意ができている」

と指摘しています。

つまり、モンゴル族の多くは、 学歴社会と厳しい就職競争を生き抜くためには高度な普通話能力が不可欠である という現実を理解しているのです。

■ 不満を抱く層と「ことばへの愛着」

大西先生はさらに、政府の言語政策に不満を強く持つ傾向があるのは、

  • 男性

  • モンゴル族

  • 年長世代

  • 高学歴者

  • メディア関係者

であると分析しています。

また、モンゴル族も漢族も日常ではそれぞれの方言を使い、それに強い愛着を持っています。 その愛着が、標準語である「普通話」への距離感となり、特にモンゴル族ではその傾向がより強いと指摘されています。

中国近代史学習会にご参加ください

日中友好協会兵庫県連では、毎月「中国近代史学習会」を開いています。 中国近代史の流れをゆっくりたどりながら、激動の時代を生きた人々の姿を学ぶ、落ち着いた雰囲気の勉強会です。

しかし、最近は参加者が少なく、6月20日の回は残念ながら参加者がお一人で流会となりました。 せっかく準備を重ねている内容ですので、できれば多くの方と一緒に学び、語り合いたいと願っています。

歴史に詳しくない方でも大歓迎です。 「少し興味がある」「昔の中国を知ってみたい」――そんな気持ちだけで十分です。 どうぞ気軽にお越しください。

📘 7月の学習テーマ

今回のテーマは、近代中国を語るうえで欠かせない 毛沢東と蒋介石。 二人の歩んだ道は、中国の近代史そのものと言っても過言ではありません。

そして今回の講師・前田清県連会長は、若い頃に中国を訪れ、毛沢東本人と実際に会った経験を持つ数少ない日本人の一人です。 歴史書では得られない「その場の空気」「人物の印象」「時代の息づかい」を、前田会長は自らの体験を交えて語ってくださいます。

こうした“生の証言”を聞ける機会は滅多にありません。 新聞やニュースを読むときにも理解が深まり、視野が広がる内容になるはずです。

この回は中止になりました。次回の予定は追ってお知らせします。

📅 日時

7月18日(土) 14:00〜16:00

📍 会場

日中友好協会 兵庫連合会 教室

👤 講師

前田清・県連会長(毛沢東と面会した経験を持つ)

💴 参加協力費

500円

📞 お申し込み・お問い合わせ

日中友好協会 兵庫県連事務所 TEL/FAX:078-412-2228

中国旅の思い出(第4回)

北魏が刻んだ壮大な祈り ― 雲崗石窟の迫力

中国では長く儒教が中心でしたが、西暦1世紀ごろ、インドから仏教が伝来しました。 漢の時代を経て五胡十六国の混乱期に入り、北魏では一時「廃仏」が行われます。 しかし文成帝が仏教を復興し、僧・曇曜に命じて460年、ついに雲崗石窟(うんがんせっくつ)の開削が始まりました。

■ 大同の郊外、武周山の岸壁に刻まれた巨大石窟

雲崗石窟は山西省の最北、大同市の西15kmほどの武周山に位置します。 北魏の都・平城(現在の大同)に近く、公共バスで行ける場所ですが、 周囲にはほとんど何もなく、静かな荒野の中に突然“巨大な仏の世界”が現れる―― そんな印象が残っています。

バス停「雲崗石窟」で降りて歩き始めると、 遠くに大きな石仏が見えてきます。 これが最初に削り出された曇曜の五窟。 北魏の初代・道武帝から文成帝までの五人の皇帝になぞらえて造られたものです。

正面にそびえるのは第20窟の露天大仏。 雲崗石窟の象徴ともいえる存在です。 もともとは窟内にありましたが、10世紀頃に崩落し、 現在のように“空の下に露わになった大仏”となりました。

■ 西域文化の息づかい ― くっきりした目鼻立ち

雲崗の仏像は、目鼻立ちがくっきりしているのが特徴です。 西域や北方民族の文化の影響が色濃く、 ガンダーラ美術やグプタ朝の様式が感じられます。

粗い砂岩質の岸壁を削り出して造られた巨大仏。 460年から60年以上、途切れることなく彫り続けられたといいます。 しかも失敗なく、均整の取れた美しい姿を保っている―― その事実を前にすると、 「これは本当に人間の手によるものなのか」と思わず息をのみました。

奈良の大仏と同じほどの大きさですが、 鋳造ではなく“岩を削って造る”という技法は、 想像を絶する労力と技術が必要です。 ただただ圧倒されるばかりでした。

現在、53の石窟が現存し、約5万体の仏像が残っています。 雲崗石窟は、中国四大石窟のひとつとして世界的にも知られています。

■ 雲崗期から龍門期へ

北魏は孝文帝の時代(494年)、都を平城から洛陽へ遷都しました。 それにより、460年から続いた雲崗での仏教彫刻――雲崗期は終わりに近づき、 新たに洛陽での仏教彫刻、すなわち龍門期が始まります。

次回は、その龍門石窟の旅へと続きます。 どうぞお楽しみに。

客車に印字された「XL」って何の意味?

ネット民:まさか“特大サイズ”?

最近、 あるネットユーザーが

「列車に乗ったとき、車体に“XL”で始まる アルファベット+数字の番号があった。 これって車両にも“加大碼(特大サイズ)”があるの?」

と投稿し、話題になりました。

実はこの「XL」

旅客列車の“行李車(荷物車)”を表す記号なんです。

車体には「XL」以外にも 「YZ」「RZ」「YW」「RW」「KD」など さまざまな記号が書かれています。

これらはすべて 列車の“身分証明書”のようなもの。

客車の外側にある番号は3つの要素で構成

  1. 車種(用途)

  2. 车型(車両形式)

  3. 车号(車両番号)

それぞれの意味を見ていきます。

左側の大文字2文字

→ 車両の用途を表す

用途は中国語のピンイン頭文字で示されます。

  • YZ → 硬座(普通座席)

  • RZ → 軟座(ソフトシート)

  • YW → 硬臥(硬い寝台)

  • RW → 軟臥(ソフト寝台)

  • CA → 餐車(食堂車)

  • XL → 行李車(荷物車)

  • KD → 発電車(空調発電車)

※「CA」は“can(餐)”の頭2文字 ※ 発電車は正式名称が「空調発電車」のため「KD」を使用

さらに、 二階建て客車は先頭に“S”が付くのが特徴。 例:SYZ → 二階建て硬座車

中央の数字+アルファベット

→ 車体の長さ+車両形式

例:25G

  • 25 → 車体長25m級

  • G → 改良型(時速120km)

よく見かける形式は以下のとおり。

  • B → 標準型(120km/h)

  • G → 改進型(120km/h)

  • K → 快速型(140km/h)

  • T → 提速型(160km/h)

右側の数字

→ 車種+製造番号

右端にある6桁の数字は車号で、 車種や製造番号などの情報を示しています。

「X局X段」

→ 車両の配属先

車体には「○局○段」という表示もあります。 これは車両の“所属”を示すもので、 人間でいえば戸籍地のようなもの。

例: 「沈局長段」=中国鉄路瀋陽局集団有限公司 長春車両段に所属

配属先は、 その車両の所有・管理・保守・運用責任を担う重要な情報です。

車体の番号にはこんなに多くの意味が

次に列車に乗るときは、 ぜひ車体の“身分証”を眺めてみてください。 意外な発見があるかもしれません。


出典: 《人民鉄道》報業有限公司遼寧記者站(瀋陽局集団公司融媒体中心) 長春車両段融媒体工作室 文・写真:刘天明、王猛、葛馥亮、贺国明、李鹏博、尹晨曦 編集:齐美华 校閲:李孝佺

「国際子どもデー」のつどいを神戸で開催

5月31日、国際子どもデー(6月1日)を前に、「日中友好国際子どもデー」のつどいが神戸ポートピアホテルで開かれました。主催は「日中友好家族の会」。多くの協力団体に加え、中国駐大阪総領事館、日中友好協会大阪府連、兵庫県連も後援し、にぎやかな催しとなりました。

日本では5月5日が「子どもの日」として親しまれていますが、国際的には1925年、スイス・ジュネーブで開かれた「子どもの福祉世界会議」で6月1日が制定されています。

■ 多彩なステージに大きな拍手

開会は、家族の会代表・堀内正美さんのあいさつと、神戸華僑総会舞獅隊幼獅班による元気いっぱいの獅子舞からスタート。 続いて、歌や踊り、琴・ピアノ演奏、バレエ、空手、朗読劇、変面、和太鼓など、子どもたちの個性あふれる出し物が次々と披露され、会場は温かい拍手に包まれました。

■ 心に響く「子ども平和宣言」

この日読み上げられた「子ども平和宣言」は、素直な言葉で平和への願いを語り、会場の大人たちの胸にも深く響きました。

宣言では、世界で続く戦争に心を痛めながら、 「どうして大人たちは戦争をするのですか?」 と問いかけます。

肌の色や言葉、宗教やお金のために争うのではなく、 「イジメはいけない」と教わってきた子どもたちが、 “みんなと手をつないで、戦争をなくす大人になる” と誓う姿は、未来への希望そのものでした。

第75回全国大会が沖縄で開催される

6月6日・7日の両日、「第75回全国大会」が初夏の陽光まぶしい沖縄・那覇市で開催されました。全国から代議員、評議員、役員など120名を超える参加があり、会場は久しぶりの再会を喜ぶ笑顔と、これからの活動を語り合う熱気に包まれました。兵庫県からは5名の代表が参加し、各地の仲間との交流を深めました。

■ 開会あいさつと来賓メッセージ

大会は井上久士会長の力強いあいさつで幕を開けました。続いて来賓として、中国駐福岡総領事の陽慶東さんが登壇。日本政府の中国敵視政策への懸念を述べるとともに、こうした時期だからこそ「民間交流の積み重ねが両国関係を支える」と強調され、参加者からは大きな拍手が送られました。 その後、大会に寄せられた国内外からのメッセージが紹介され、会場は温かな連帯感に包まれました。

■ 議案提案と規約改正

続いて田中義教事務局長代行より、大会議案と規約改正の提案が行われました。 今回の規約改正では、

  • 全国大会を「2年に1回」開催とすること

  • 新たに「学生会員」の規定を設けること が示され、若い世代の参加を広げるための前向きな提案として注目を集めました。

財政担当からの報告に続き、休憩を挟んで討論がスタート。初日は6名が発言し、各地の活動報告や課題、今後の展望について活発な意見交換が行われました。

■ 沖縄の夜を彩る懇親会

討論終了後は、同会場で夕食懇親会が開かれました。 沖縄料理の香りが漂う中、参加者はオリオンビールや泡盛を片手に語り合い、舞台では沖縄民謡や歌、三線の演奏、エイサーの踊りが披露されました。 会場全体が手拍子に包まれ、まさに“沖縄の夜”を満喫するひとときとなりました。

■ 2日目の討論と先進事例の共有

翌7日午前も討論が続き、12名が発言しました。 先進的な活動を進めている組織からは、 「自分たちから壁をつくらず、交流の機会を積極的に提供することが新たな出会いにつながる」 という経験が語られ、参加者の多くが深くうなずいていました。 地域の特性を生かした取り組みや、若い世代とのつながりづくりなど、今後の活動に生かせるヒントが数多く共有されました。

■ 8日のオプション企画:沖縄の歴史と現実に触れる

大会最終日の8日は、希望者が3つのコースに分かれて島内見学に参加しました。 歴史を刻む施設や文化遺産を訪ねるとともに、米軍基地の現状や、建設が進む辺野古基地の様子を自分の目で確かめる貴重な機会となりました。

沖縄が抱える課題を肌で感じた参加者からは、 「日中友好協会として果たすべき役割を改めて自覚した」 「平和を願う活動をさらに前進させたい」 といった声が聞かれ、学びと決意を胸に帰路につきました。

中国・最近の話題-白いパンダが再び話題に

中国・四川省のジャイアントパンダ国立公園で、山中を歩く“白いパンダ”の最新映像が公開されました(新華ネット・5月26日付)。 白いパンダが初めて確認されたのは2019年。四川の自然保護区管理局が、保護区内で撮影した1枚の写真を公表し、大きな話題となりました。今回公開された映像は、その個体が成長した現在の姿を捉えたものです。

全身の毛は真っ白で、写真では分かりにくいものの、目はやや赤みを帯びているとのこと。また、手足が少し茶色く見える部分がありますが、これは毛の経年変化による黄ばみで、本来は白い毛だと説明されています。

陝西省には“茶色いパンダ”も

あまり知られていませんが、中国・陝西省の「秦嶺四宝科学公園」には“茶色いパンダ”がいます。名前は「七仔(チーザイ)」。2009年に秦嶺山脈で発見・保護された個体です。

七仔は、目の周り、耳、肩、手足、尻尾など、本来黒くなる部分がはっきりと茶色になっています。これは生まれつきの遺伝的な特徴で、模様が固定された“正真正銘の茶色いパンダ”です。

一方、四川で撮影された白いパンダは、偶発的なアルビノ(白化個体)であり、七仔とは全く異なるタイプだとされています。

パンダの生息状況と亜種の違い

中国の山地に棲む野生パンダは、現在およそ2,000頭。 大きく次の2つの亜種に分かれています。

  • 四川亜種(四川省・甘粛省に分布)

  • 秦嶺亜種(陝西省・秦嶺山脈に分布)

両者は1万年以上前に分岐し、その後は地理的に隔てられたまま交流・交配がないとされています。生息数は四川亜種が全体の約3分の2を占め、圧倒的に多い状況です。

興味深いのは、これまで確認された“茶色いパンダ”7頭がすべて秦嶺亜種であり、四川亜種には一例も見つかっていないこと。なぜ茶色い個体が秦嶺亜種だけに現れるのか、科学的な理由はまだ解明されていません。

参考資料

  • 新華ネット(2026年5月26日)

  • テレビ朝日NEWS(2026年5月25日)

  • 新華社サービスセンター(2026年6月3日)

  • SciencePortal China(2026年5月29日)

兵庫県原水協が理事会を開催

NPTニューヨーク行動の参加者が現地のようすを報告

5月17日、兵庫県原水協の理事会(総会)が開かれ、午前中には4月27日~5月22日に国連本部で行われた「NPT(核不拡散条約)再検討会議」へ兵庫県から参加した4名による報告が行われました。

■ NPT再検討会議の意義と日本代表団の動き

まず、梶本事務局長が今回の会議の意義や国際情勢、日本代表団の取り組みについて説明しました。 日本からは約100名が参加し、全員が会議を傍聴できたことは「画期的だった」と強調されました。

■ 民医連関係者3名による現地報告

続いて、東神戸病院の相野さん、神戸医療生協の木村さん、民医連兵庫県本部の堤さんの3名が、まとまって現地での行動を紹介しました。

4月25日に成田を出発し、カナダ・トロントを経てニューヨーク入り。 会議前日の26日には、アメリカの平和運動家や世界各国の参加者とともに、公立図書館前での集会や国連本部へ向かうパレードに参加したとのことです。

■ ニューヨークでのメーデーにも参加

5月1日にはニューヨークのメーデーに参加し、マムダニ市長とも直接会う機会があったと報告されました。 一方で、物価の高さには驚かされたようで、「お昼に食べたハンバーガーセットが4千円もした」というエピソードには会場からもどよめきが起きました。