白楽天を慕う蘇軾は西湖に蘇堤を築く

白楽天により西湖の美しさが世に知られる

白楽天(772~846)は江州司馬(副知事)へ移動を命じられた。地方勤めは降格だが、俸給は大幅に増えた。西湖の美しさに魅せられ、詩を詠んでいる。白楽天により西湖の美しさが世に知られることとなる。善政を敷き、湖の改修を行い「白堤」と呼ばれている。

「春宵一刻直千金」で有名な蘇軾(1036~1101)は、西湖の地に二度赴任している。白楽天を敬慕していた蘇軾は、白楽天に倣い、朝廷に稟議書を提出し、朝廷から予算を取り付け西湖に「蘇堤」と呼ばれる大規模な堤を築いた。西湖は晴れて好し、雨もまた好し、中国4大美人の一人・西施に例え、薄化粧も好し、濃い化粧も好しと西湖の美しさを詠っている。湖畔には蘇軾記念館が建っている。

飲湖上初晴後雨 二首 其二 蘇軾(蘇東坡)

水光澰灔晴方好 水光瀲灔として晴れて方に好し

山色空濛雨亦奇 山色空濛として雨も亦奇なり

欲把西湖此西子 西湖を把って西子の比せんと欲すれば

淡粧濃抹總相宜 淡粧濃抹總べて相宜し

次回「漢詩を読む会」は8月10日(土)午後2時~

新支援法を改正し、帰国者2世にも適用を!

14年働いて年金月2万6千円、とても生活できない!

2002年を皮切りに「残留孤児」の約9割にあたる2211名が原告となり、国家賠償訴訟を起こし、その結果2007年に、議員立法により「中国残留邦人等の円滑な帰国の促進及び帰国後の自立支援に関する法律の一部を改正する法律」(新支援法)が成立、国民年金の満額支給と支援給付金の支給などを内容とした新たな支援策が採られることとなりました。2013年には、新支援法が改正され、「残留孤児・婦人」と共に苦難を分かち合い、中国の父母、兄弟と別れて日本に来た配偶者に対し、「残留孤児・婦人」が死亡した場合でも支援給付以外に国民年金の満額の3分の2相当額を支給する改善が図られました。(写真上:院内集会、衆院第二議員会館)

しかし、新支援法による生活保障から中国「残留孤児・婦人」2世は除外されたことから、30歳~50歳で帰国した2世は、日本語も話せず、低賃金・苛酷な労働を余儀なくされ、高齢化を迎えた今日、かつての1世同様に、生活保護に頼らざるを得ない人も多くいます。45歳だった1998年、残留婦人の母親が住む近くへ私費で帰国した福岡市の日高秀子さんは、1か月間、福岡県の自立研修センターで日本語を学びましたが、私費帰国のため国の支援は全くありません。交通費も生活費も自分で支払わなくてはならず、勉強を止めきつい仕事に就きました。60歳の頃、腰が悪くなり仕事をやめざるを得ませんでした。14年間働き、年金2万6千円と支援金で生活しています。老後を考えるととても不安になります。どうか2世の生活支援等を求める請願署名にご協力下さい、と訴えています。

院内集会開き、署名8,867筆を紹介国会議員に渡す

6月3日(月)午後、衆議院第二議員会館で「署名提出・院内集会」が開かれ、福岡、広島、東京の帰国者二世5人、紹介議員・自民1、公明2、立民1、国民2、共産2からこの日は田村貴昭衆議院議員が出席、厚生労働省から関係職員2人が出席、日中友好協会からは本部、東京、千葉、兵庫、福岡、長崎から10人が参加。5月末までに集まった署名約8,867筆の目録を九州地区帰国者二世連絡会事務局長の日高秀子さんが田村議員に手渡しました。その後、二世の方々と懇談し、生活の現状や署名活動について意見交換し目標の10万筆を集め帰国者二世に新支援法の適用を実現しようと決意を語り合いました。(写真下:田村議員に署名目録を手渡す日高秀子さん。6月3日、衆議院第二議員会館)

憲法9条改悪を阻止し、東アジアの平和と安定を促進

日中友好協会が第68回大会を開催

日本中国友好協会は6月1日、2日の両日、東京都内で第68回大会を開催し、全国から260人の代表が参加しました。大会は、朝鮮半島の非核化と平和構築に向け、関係各国の粘り強い努力と、日本国内の立憲主義、民主主義、平和主義を取り戻す闘い、消費税増税阻止などの闘いが展開される中開催されました。

大会は、現在、安倍首相らの侵略戦争を正当化する歴史認識及び軍備拡大と真正面から対峙し、侵略戦争の事実と教訓を語り伝える不再戦平和活動や、相互理解を促進し、友好の心情を高める文化活動、友好交流活動をはじめとする日中友好運動の役割が増々大きくなっていることを確認しました。

2日間にわたる各地の活動経験交流を通し、活動の主体である協会を強化するため、来年の協会創立70周年に向け組織と運動の拡大強化に全力で取り組むことを再確認しました。大会は提案された諸議案を可決し、2019年度の新役員を選出、大会宣言を拍手で採択しました。(写真上:大会風景、下:新会長に選出された井上久士氏)

上海事変を展示する「淞滬抗戦紀念館」

上海市民と中国軍の抗日・抗戦記録を資料展示で紹介

9月の「世界遺産・黄山と上海」の旅は最終日に、上海郊外の上海淞滬抗戦紀念館を見学します。この紀念館は上海市宝山区の宝山臨江公園内に2000年1月28日に開館、11階建(53m)の塔と一体の建築で、建築面積は3490㎡、展示面積は1500㎡あります。塔の上からは長江を臨み、当時日本軍部隊が上陸した地点や呉淞砲台跡、黄浦江などを見渡すことができます。

1、2階の展示室には、主に「1・28淞滬会戦」(第1次上海事変・1932年1月28~や「8・13淞滬会戦」(第2次上海事変・1937年8月13日~)に関わる資料が展示されています。紀念館は、中国共産党抗日民族統一戦線の号令により日本軍に抵抗した上海市民と抗戦した中国軍を記念して建設されたもので、上海市愛国主義者教育基地、上海党史教育基地となっていて、2018年1月から全国中小学生研学実践教育基地となっています。(写真上:淞滬抗戦紀念館、中:展示室の様子、下:空爆により破壊された上海南駅で泣き叫ぶ中国人幼児・1937年10月4日)

6月の「中国茶講座」は八宝茶

自分だけのオリジナル八宝茶を作ろう!

八宝茶は、中国茶をベースにクコの実やナツメ、菊花や龍眼など漢方生薬やドライフルーツ等をブレンドした薬膳茶です。様々な材料を自由に組み合わせて、自分だけのオリジナル八宝茶を作りましょう。どなたでも参加頂けます、お気軽にご参加下さい。

日時:2019年6月19日(水)午後1:30~3:00

会場:日中友好協会兵庫県連合会「会議室」

講師:高級茶芸師 高級評茶員 神田貴子さん

参加費:1,500円(材料費500円を含む)

定員:15名(事前先着申込み順)

主催:日本中国友好協会兵庫県連合会

☎078-412-2228   E-mail:okmt50@nicchu-hyogokenren.net

上海西部の水郷古鎮「朱家角」

「朱家角」は上海四大歴史名鎮のひとつ

歴史ある水郷の町として知られる「朱家角」は上海の中心から西へ約40Km、上海市青浦区の中南部に位置し、地域の面積は138平方Km(水域を含む)あります。地下鉄でも行ける便利さから多くの観光客が訪れ古運河遊覧や古い町並み散策を楽しんでいます。

今から1700年以上前の三国時代(220年~280年)に集落が形作られた長い歴史のある地域です。宋(960年~1271年)から元(1271年~1368年)の時代に自由市場が形成されると「朱家村」と呼ばれるようになり、明の時代に正式に鎮(町)となります。明末から清初にかけて米産業の好景気に沸き周辺から人や物が集まり、交易拠点としてより大きな規模となったそうです。

芸術に国境はない、舞踊は万国共通の言葉

「KOKORO」は平和と友好を願う日中両国民の心

「中国古典舞劇『楊貴妃』の舞楽」公演―主演・胡紅侶

来日30年になる舞踊家、舞姫・こころ(胡紅侶)さんが日中友好につながる日本での舞踊活動20周年記念公演を企画しています。「楊貴妃の舞楽」をメインに日中舞踊音楽コラボレーションも、琉球国祭り太鼓・福建大阪芸術団・大阪佛光寺の舞踊隊・ゆうこう(裕皓)の歌・KOKORO中国舞踊学院などの公演を予定しています。

日程:2019年7月29日(月)18:30開場 19:00開演

会場:神戸文化ホール・中ホール

料金:前売券4,000円(当日4,500円)全席自由席

公演の収益の一部を開発途上国の子どもたちに寄付させていただきます。

チケットの扱い先は下のチラシをご覧下さい。

(日中友好協会兵庫県連合会でも扱っています)

主催・企画:KOKORO舞踊音楽カンパニー/(有)プラニングスタジオシーズ 共催:サンテレビジョン/KOKORO中国舞踊学院

7種の台湾茶を飲み比べ

違いや共通点に着目し試飲しながら理解深める

製茶の季節や製造方法の微妙な違い、天候などにより出来上がったお茶の印象は大きく変わります。台湾のお茶製造の現場では、茶樹の品種改良や、ブランド力のある新たなお茶が作られています。と高級茶芸師・高級評茶員の神田貴子講師は語ります。5月15日の「中国茶講座」では7種の台湾茶をテイスティングしながら台湾茶への理解を深め合いました。

先ず、烏龍茶・文山包種茶の春摘み茶と冬摘み茶を水出しで味わい、標高の高い産地で摘まれた梨山高山茶、夏に飛来するウンカという小さな虫に葉を噛ませ、独特な蜜香を生じ、甘く香りのよいお茶・凍項貴妃茶2種、凍項烏龍茶、最も紅茶に近いと言われ、バラの花や蜂蜜のような芳醇な香りと甘みが特徴の東方美人茶を試飲し、台湾と世界のお茶事情について学びました。

次回は6月19日(水)午後1:30~開催します。

この写真の人物は一体誰だ?

石川禎浩京都大学教授が毛沢東イメージの変遷について語る

日中友好協会加古川支部が加古川市内で5月12日に開いた公開特別講演会で、「中国共産党史研究」の第1人者で京都大学人文科学研究所教授の石川禎浩氏が「『赤い星』は如何にして昇ったか」と題し講演しました。

エドガー・スノウ撮影の毛沢東肖像写真が海外へ拡散

アメリカのジャーナリスト、エドガー・スノウ(1905年~1972年)が1936年に撮影した毛沢東の写真が海外へ拡散していく過程でイメージが変遷し、顔写真や似顔絵が変化していく様子や情報の流れを豊富な写真を映しながら解説しました。

日本外務省が1937年発表の毛沢東と称する写真は一体誰だ?

1937年8月発行の日本外務省情報部「支那共産軍を語る」(「官報附録週報」内閣印刷局発行 第44号、1937年8月)に、中華ソビエト人民共和国中央政府主席・毛沢東と中国工農紅軍革命軍事委員会主席・朱徳の顔写真が並んで掲載されている。朱徳の写真は、1922年に上海で写された写真から似顔絵を経て伝わったと推測されるが、毛沢東の写真は明らかに全くの別人であることがわかる。

外務省の毛沢東認識、歴史からどう学ぶか

石川教授は、当時の外務省が本当にこの人物を毛沢東だと思っていたのなら相手の顔も知らずに日中戦争を戦っていたことになる。或は日本国民に『共匪』のマイナスイメージを植え付けるための情報操作・世論誘導だとすればそれは当時の政府の愚民政策だ、と語りました。ではこの人物は一体誰なのか?答えはまだ出ていません。

※石川禎浩先生は、加古川支部の「中国近現代史」研究会にも来られます。日程は6月22日(土)JR加古川駅東すぐのサンライズビル5F。詳しくは090-8753-5972(前田さんへ)


講演会資料の一部は下記からダウンロードできます。(JPEG)

孫文「大アジア主義」講演を南京で授業する

日中間に架橋し、東アジアの平和をめざすシンポジウム

この度、村井俊之さん(県立高校教員)が、歴史教育者協議会日中交流委員会の委員として南京第一中学で、孫文の講演「大アジア主義」から読み取れることは何か、をテーマに授業しました。今回、その様子を詳しく報告頂けることになりました。

さらに、永井章夫さんと上野祐一良さんからのコメントを口火にフロアーも含めて、日中交流の意義を見つめ、東アジアの平和をめざす授業づくりを考え合いたいとシンポジウムを企画しました。

写真上:1924年11月28日、神戸高等女学校講堂で講演する孫文(右)、写真下:村井俊之さんが授業を行った南京第一中学(日本の中高一貫校にあたる)

日時:2019年6月30日(日)13:30~16:00

会場:神戸市勤労会館 美術室(JR三宮駅東)

内容:①基調報告 村井俊之さん(県立高校教員)

   歴史教育者協議会日中交流委員による南京での授業

   ―孫文による「大アジア主義」から読み取れることは何か

   ②質疑応答

   永井章夫さん(高校教員・甲南女子大学非常勤講師)

   上野祐一良さん(日中友好協会・兵庫歴史教育者協議会)

参加費:500円(学生無料)

連絡先:090-9985-6954(稲次)

E-mail:h_rekkyo2009@yahoo.co.jp