2021年「垂水区・平和のための戦争展」

核兵器禁止条約の批准を求めて

今年は、核兵器が広島・長崎に投下されて76年目を迎えます。被爆者の長年の願いであった「核兵器禁止条約」が正式に発効し、核兵器は「悪魔の兵器」となりました。

核兵器禁止条約は2017年7月、国連総会において、賛成多数で採択され、2020年10月、発効に必要な50ゕ国の批准に達したため、2021年1月22日に条約は発効となりました。しかし、世界で唯一の被爆国である日本の政府は、被爆者や多くの国民が願う中、アメリカの「核の傘」に依存し、条約の批准に背を向けています。

核兵器がもたらした悲惨な実態を後世に伝え、「二度と核兵器を使わせない」「被爆者をつくらせない」の思いを広げていくために「平和のための戦争展」を開催します。今年の戦争展では、広島の高校生が、被爆者の証言をもとに製作した絵を展示します。開催中、講演会や映像の上映会も行います。コロナ禍、猛暑の中ですが多くの方々の参加をお待ちしています。(実行委員会)

日程:2021年8月10日(火)10:00~12日(木)15:00

場所:垂水区文化センター1Fロビー(垂水駅東口北東へすぐ)

主催:2021年垂水区平和のための戦争展実行委員会

8・15平和のつどい

「生かされた命」との思いに核兵器禁止条約を重ねて

日中友好協会兵庫県連合会が加盟する兵庫の「語りつごう戦争」展の会は、1945年の敗戦から76年目の8月15日に「8・15平和のつどい」を開催します。講師に、兵庫県原爆被害者団体協議会の副島圀義氏を迎え、お話を伺います。

副島さんは、1945年8月19日、広島の爆心地からほぼ真南に2.5km、辛うじて残った家で出生。母が被爆者運動に関わり、父がそれを支えていた姿を見て育ち、自然と学生の頃から平和運動などに関わって今日に至ります。現在は、兵庫県原爆被害者団体協議会(兵庫被団協)事務局の一員で、芦屋市原爆被害者の会幹事を兼務しています。

日中友好協会は、侵略戦争への反省から、7月7日(盧溝橋事件)~9月18日(柳条湖事件)を「不再戦平和友好期間」と定めこの期間中、集中して全国各地で他団体と共に平和行事を開催しています。

「8・15平和のつどい」

日時:2021年8月15日(日)午後2時~4時

会場:神戸市勤労会館4F 405・406会議室(下図参照)

講演:「生かされた命」との思いに「核兵器禁止条約」を重ねて

講師:副島圀義氏(兵庫県原爆被害者団体協議会)

資料代:500円(高校生以下無料)

※マスク着用、体調不良の方は参加をご遠慮下さい。コロナ感染拡大にともない、参加人数を制限する場合があります。

主催:兵庫の「語りつごう戦争」展の会

連絡先:090-5896-6048(上野)

第22回「加印平和のための戦争展」

再び戦争への道を歩まぬためにー平和のバトンを次世代へ

昨年に続き、今年もコロナ禍の中ですが、平和を願い22回目の「加印平和のための戦争」を開催します。地元住民提供の戦時資料や日中戦争、沖縄と基地、治安維持法犠牲者、毒ガスの島・大久野島、戦没者名簿、遺品などの展示と開催期間中には講演会と「長崎の鐘」上映会を予定しています。(写真は昨年の戦争展)

開催日程:8月12日(木)午後1時~8月14日(土)午後5時

会場:加古川総合庁舎1階「かこむ」(JR加古川駅南東へ6分)

参加無料   会場電話:079-421-1101

◆「講演会・長崎の鐘上映」

・8月12日(木)14:10~16:00

「天皇機関説から85年ーみつかった美濃部達吉の手紙」

講師:宮先一勝氏(美濃部研究会会長)

・8月13日(金)「長崎の鐘」上映会 ①10:00~②14:30~

・8月14日(土)午前10:00~12:00

講演「日米首脳会談と台湾問題」

講師:前田清氏(日中友好協会)

・8月14日(土)午後13:30~15:30

講演「ポストコロナで憲法はどうなる」

講師:木下智史氏 主催・有事ネット東播磨

会場:加古川総合庁舎1F「講座研修室」

主催:加印平和のための戦争展実行委員会

後援:加古川市、高砂市、稲美町、播磨町、各教育委員会

連絡先:080-6158-2371(菊本)

※マスク着用でお越し下さい。宣言が出た場合は中止

2021年国民平和大行進

核兵器のない平和で公正な世界をつくろう!

今年の国民平和大行進は、コロナ禍の影響で大きな制約を受けていますが、「核兵器なくせ」の思いを発信、結集することが大切なことは変わりません。その一つとして「平和行進ペナント」を集め被爆地(広島、長崎)に届けます。原水禁世界大会がオンラインで行われることになり、代表は送れませんが、8月6日広島で、9日長崎で全国から集まったペナントでアピールします。ペナントは下記の実行委員会にお申込み下さい。コロナ感染防止と参加者の安全を第一に考え、例年のように「隊列を組んで行進し沿道に訴える」やり方を変更し、限定した地域のみ行進することにしています。(兵庫県実行委員会)

7月7日(水)川西市役所→宝塚市役所、7月8日(木)伊丹市スワンホール→尼崎・JR立花駅、7月9日(金)西宮市役所→阪神御影駅南公園、7月10日(土)JR六甲道駅北→須磨区役所、7月11日(日)JR垂水駅西広場→明石駅南広場、7月12日(月)二見市民センター→高砂市中央公民館、7月13日(火)山電飾磨駅北側→大手前公園、7月14日(水)JR網干駅→たつの市役所、7月15日(木)JR相生駅→赤穂市役所、7月16日(金)JR寒河駅→岡山へ

オンライン世界大会と平和行進ペナントについては下記実行委員会へお問い合わせ下さい。

国民平和大行進兵庫県実行委員会

Tel:078-341-2818    Fax:078-371-2427

E-mail:hikakukobe@yahoo.co.jp

7月7日は「盧溝橋事件」から84年

1937年7月7日、中国・北京郊外の盧溝橋で

1937年7月7日、中国・北京郊外の盧溝橋付近で夜間演習中の日本軍が中国軍に攻撃されたとした盧溝橋事件をきっかけにして、日本は1945年の敗戦まで中国全土への侵略戦争をおしすすめ、南京大虐殺、731細菌戦部隊、戦時性暴力事件、燼滅掃討作戦(三光作戦)、強制連行・強制労働事件、重慶などへの無差別爆撃、遺棄毒ガス事件をはじめとした加害行為を重ねて、言語に絶する苦しみを中国の民衆に与えました。盧溝橋事件を契機に日本は戦火を中国全土へと拡大しました。「暴支膺懲」(暴戻支那ヲ膺懲スの略)、つまり、日本の侵略に応戦する中国に対し、「言うことを聞かない中国を懲らしめる」これが、当時、日本政府が戦火を拡大する理由とされました。(写真上:北京郊外の豊台西方を流れる永定河に架かる盧溝橋)

1931年の柳条湖事件(満州事変)に始まる日本軍国主義による中国への侵略戦争は、「道義に欠ける中国を懲らしめて反省させる」との主張のもとに進められたものでした。いま、尖閣、香港、人権問題などをめぐって日本国民の対中感情が悪化する中、中国の軍事力増強に対抗するとして日米軍事同盟の強化と一体化が進められ、日本を戦争の出来る国にするための「改憲」の動きが強まっています。

侵略戦争の反省と教訓をもとに不再戦平和運動を進めてきた日本中国友好協会は、中国の国際法に反する行動の誤りを率直に指摘するとともに、あらゆる軍事的な対抗措置に断固反対します。パンデミックや地球温暖化の中で重視すべきは国際協調であり、体制の違いを越えて、人類共通の課題を克服するために世界が力を結集すべきことを強く訴えます。(写真下:1937年9月、東京朝日新聞号外)

講演「原爆孤児と支えた人々」

兵庫歴教協総会記念講演会「忘れてはいけない原爆と現在」

原爆が投下されて75年以上が経った今でも、その影響は残っています。歴史を風化させてはなりません。今だからこそ、戦争と原爆について、一度考え直しましょう。

日時:2021年6月27日(日)午後2時~4時

会場:兵庫県高等学校教職員組合会館(JR元町駅北へ5分)

会場は先着30人 不織布マスク配付、手指消毒

講師:平井美津子さん(大阪府内の公立中学校教員)

テーマ:原爆孤児と支えた人々

資料代:500円

講演はZoomでライブ配信の予定。参加希望の方は下記メールでお申込み下さい。参加人数の制限はありません。

h_rekkyo2009@yahoo.co.jp (兵庫歴教協)

主催:兵庫歴史教育者協議会

中国人戦後補償裁判の記録

裁判の記録は真の和解を進める重要な指針

正義をかなえてほしい!深い傷を負わされた中国人たちの思いを受け止め、司法の壁に闘いを挑んだ日本の弁護士・市民の記録

1931年の柳条湖事件(「満州事変」)から日本敗戦まで、日本軍はのべ百万に及ぶ兵士を中国大陸に送り込みました。日本軍は中国の人々に対して、虐殺・人体実験・強姦・強制連行(強制労働)など残酷極まりない所業を繰り返し、その犠牲者は数千万人と言われています。

戦後になっても、日本軍の遺棄した毒ガス兵器・砲弾による甚大な被害が発生しています。日本の司法は一貫して、国家賠償法がなかった戦前の日本の賠償責任を否定し、中国人原告らの訴えを退けてきました。

原告となった中国人の思いを受け止めた日本の弁護士たち、そして裁判活動を支えた市民の闘いを記した「中国人戦後補償裁判の記録」は、日本が近隣諸国との真の和解を進めていくための重要な指針となります。

目次 四六判上製 316ページ 

序・なぜ弁護士たちは立ち上がったか

1・平頂山事件 2・南京虐殺、無差別爆撃、731部隊事件

3・遺棄毒ガス・中国人「慰安婦」訴訟 

4・強制連行、強制労働事件

5・裁判を支えた市民の活動 6・壮大なオーラルヒストリー

中国人戦争被害賠償請求事件弁護団 編著

発行所:株式会社 高文研 定価:2,500円+税

高文研:03-3295-3415

URL:http://www.koubunken.co.jp

1945年3月17日「神戸大空襲」から76年

「神戸空襲犠牲者合同慰霊祭」今年も関係者で開催

元町駅周辺から西方の被災(神戸新聞より)

米軍による神戸や周辺地域への空襲は、1945年1月から8月の終戦まで合わせると128回にもなります。神戸への大空襲は、2月4日・3月17日・5月11日・6月5日・8月6日と続きます。3月17日未明の大空襲は兵庫区、林田区(現・長田区)、葺合区などで壊滅的な被害を受けています。5月11日の空襲では灘区、武庫郡(現・東灘区)で大きな被害が出ています。6月5日の空襲では、西は須磨区から東は西宮まで広範囲に爆撃を受け、この3度の無差別焼夷弾爆撃により神戸市全域が壊滅的な被害を受けました。その被害は戦災家屋14万1,983戸、罹災者53万858人、死者数7,491人、負傷者1万7,002人とされていますが確定的なものではなく実際には更に膨大な被害であったと推測されると言われています(数字はWikipediaより)。

神戸国際道路(現フラワーロード)一帯も被災(毎日新聞より)
神戸空襲を忘れない―いのちと平和の碑(神戸市中央区の大倉山公園)

神戸空襲を記録する会は、神戸空襲を忘れないように、毎年3月17日に犠牲者合同慰霊祭を開催していますが、昨年に続き今年もコロナ感染拡大に配慮し、3月17日(水)薬仙寺での慰霊祭は世話人、関係者で行うとしています。

核兵器禁止条約の発効を力に核兵器廃絶へ!

禁止条約に署名・批准する日本を!

今年の「3.1ビキニデー」は、その歴史の中でも特別な機会になろうとしています。それは、1954年のビキニ水爆被災事件を契機に誕生した原水爆禁止運動が、65年以上にわたって求め続けてきた核兵器禁止条約が1月22日に発効し、核兵器が違法化された中で迎えるからです。

こうした画期的な情勢を切り開く土台となったのは、核兵器の非人道性を訴え、核兵器の全面禁止を要求し続けてきた被爆者と原水爆禁止運動、そして世界の反核世論と市民社会の運動にあります。

核兵器禁止条約の発効によって、核兵器廃絶のたたかいは新たなステージに入ります。重要なのは日本です。人類でただ一つ、戦争による核の惨禍を体験した被爆国の日本が禁止条約の参加に踏み出せば、核兵器廃絶のたたかいに大きなインパクトを与えます。

3・1ビキニデー集会は、歴史を動かしたビキニ事件と市民の運動について学ぶとともに禁止条約を力に、核兵器のない世界、非核平和の日本とアジアをめざして、海外代表と一緒に討論し、行動に力強く踏み出す場です。(原水爆禁止日本協議会パンフより)

3・1ビキニデー・オンラインに参加を!

オンライン会議アプリZoomウェビナーで開催します。参加ご希望の方は http://www.antiatom.org/   から登録して下さい。登録者には参加URLがメールで通知されます。

登録費:「全体集会・分科会」1,500円(一般)、500円(被爆者・学生・高校生) 「3・1ビキニデー集会」1,000円

原水爆禁止日本協議会 03-5842 -6031  Fax.03-5842-6033

E-mail:antiatom55@hotmail.com

元八路軍兵士の日本人「私は八路軍の少年兵だった」

元八路軍兵士となった日本人の体験記録

著者の藤後(とうご)博巳さん(1929年生)は、1943年(昭和18年)、高等小学校卒業後、満蒙開拓青少年義勇軍に志願。茨城県内原訓練所に入所。1944年2月渡「満」四平省昌図訓練所に入所後、ハルビン郊外の嚮導訓練所に移る。1945年8月、敗戦とともにソ連軍の捕虜となり、海林捕虜収容所を経て牡丹工捕虜収容所に収容される。同年10月釈放されてハルビン郊外の難民収容所に収容される。1946年、ハルビンに進駐してきた八路軍に加わり、以後、各地を転戦。1955年(昭和30年)帰国。以来、日中友好運動に携わる。現日中友好協会大阪府連合会顧問。

日本と中国との関係は歴史的に古く、絶ち難い強い絆で結ばれていますが、その背景には過去も今も、様々な人間のドラマがあります。その卑近な例を挙げるとしますと、一つに中国残留―日本人孤児たちがあります。歴史に翻弄されて苛酷な人生の苦渋を余儀なくされたこの人たちは、日本の中国侵略戦争のもたらした「負の歴史」の生き証人でもあります。その日本の子どもたちが、中国の人の手によって育てられ、成長し、その多くが中国の地に根を下ろしているその意義は深く、かつ重いものがあります。そしてその動機はともかく、中国の養父母たちの人道精神は、私たちに深い感銘を与えました。その孤児たち一人ひとりの心情はどうであろうとも、かれらこそ日中両国のかすがい的存在であることは何人も否定できません。

いま一つに、戦後、日本人でありながら八路軍(現中国人民解放軍)の兵士として戦後内戦に参加し、前線で、あるいは後方で、中国人たちとともに新しい国づくりに協力した人たちがいました。世間ではほとんど知られていない戦後の日本人の足跡があります。実は私もその一人だったのです。(著書の「はじめに」より抜粋)

(藤後さんの体験は2020年8月22日付毎日新聞夕刊に大きく紹介されました。上)

著書「私は八路軍の少年兵だった」お申込みは下記へお問い合わせ下さい。

E-mail:tougohiromi@yahoo.co.jp (藤後博巳さん)