いま中国の若者の間で、あるフレーズが大流行しています。 それが、 「愛你老己 明天見」(好きだよ私ちゃん、また明日)。
写真や短い動画、テキストでライフスタイルや商品のレビューを発信する人気アプリ「小紅書(RED)」では、このフレーズがハッシュタグ付きでトレンド入りし、30日間で閲覧数は6億近くに達したといいます。まさに爆発的な広がりです。
この言葉は、オンラインゲーム「リーグ・オブ・レジェンド」に登場するキャラクター・瑟提のセリフ 「愛你老媽 明天見」(好きだよお母さん、また明日) をもじったものだそうです。
受験に失敗したとき、仕事がうまくいかなかったとき、あるいは学校や職場で思うように成果が上がらず気持ちが沈んだとき――。 そんな鬱々とした感情のはけ口として、またストレス解消や自分への励ましとして、中国の若者たちはこのフレーズを発信しています。 横から見ているといじらしい気持ちにもなりますが、同時にどこか前向きで、聞くとほっとする温かさがあります。
「寝そべり族」から「自愛」へ
思い返せば、いまから5年ほど前、中国では「躺平族(寝そべり族)」という言葉がメディアを賑わせました。
過酷な社会的格差、受験戦争、職場での労働強化と昇進競争――。 こうした現実に疲弊した若者たちは、 「がんばっても無駄だ」 「どうせ報われない」 と労働や勉強、未来への意欲を手放し、世間や家族の期待に背を向けました。 メディアは彼らの姿勢を「消極的抵抗」と呼びました。
しかし、ただ寝そべっているだけでは精神的な限界が訪れます。 若者たちは次の段階へと移らざるを得なくなりました。
そしてたどり着いたのが、 「社会の既存のルールには従わないけれど、自分の人生を肯定して楽しむ」 という自己救済の境地です。
「他人に認められたい」から 「自分の本音を尊重し、自分に優しくする」へ。 その象徴が「愛你老己(私ちゃんを愛する)」だと中国メディアは指摘します。
“悦己消費”と“老己旅行”――自分を喜ばせる文化の広がり
自分を喜ばせるためにお金を使う“悦己消費”、 自分を癒すための“老己旅行”。 こうした「自分のための行動」が、中国のZ世代の間で大きなトレンドになっています。
社会の競争から距離を置きつつも、 自分の人生を肯定し、 自愛と精神的な癒しを追求する若者たち。
「欠点だらけで、大成功しているわけではないけれど、毎日頑張って生きている。そのありのままの自分(老己)が、一番愛おしい」 ――そんな思いを胸に、彼らは自分を励ますポジティブな“世界”をつくり始めています。
中国メディアは、これこそが若者たちの新しい精神文化だと伝えています。

2026年9月23日午前、秋の気配が深まりつつある京都・嵐山。渡月橋のほど近く、中之島公園の一角に静かに佇む「日中不再戦碑」前で、今年も建立記念のつどいが開かれました。 川面を渡る風が心地よく、観光客のざわめきから少し離れたこの場所には、約80名の参加者が集まり、穏やかな雰囲気の中で式典が始まりました。
「日中不再戦碑建立記念のつどい」は、半世紀以上にわたり続けられてきた京都の大切な平和行事です。 歴史を振り返り、平和の意味を確かめ合うこの集いは、参加者一人ひとりの胸に静かな灯をともすような、そんな時間となりました。
今回ご紹介する中国の特徴的な住宅は、 広東省中央南部・開平(カイピン)市に建つ碉楼(ディアオロウ)です。
碉楼は2007年に世界遺産に登録されました。 20世紀初めに建てられた鉄筋コンクリート製の住宅は、 当時としては非常に珍しく、貴重な建築だったことも登録理由の一つです。
海外で財を成した華僑たちは、 故郷に錦を飾るために碉楼を建てました。 しかし、ただ豪華な住宅というだけではありません。
どの村落を訪れても、 田園の中にポツンと立つ碉楼はどれも雰囲気があり、 散策していてとても気持ちが良かったです。
静かに深まる秋の気配のなか、心を落ち着けて漢詩の世界を味わうひとときをご一緒しませんか。 日中友好協会兵庫県連合会では、毎回ご好評をいただいている「漢詩を読む会」を下記の通り開催いたします。
歴史に詳しくない方でも、気軽に参加できる雰囲気の学習会です。 「中国の近現代史を少し知ってみたい」「ニュースの背景を理解したい」――そんな気持ちがあれば十分です。 皆さまのご参加を心よりお待ちしています。
9月13日の午後、西宮支部では恒例となった「中国茶を楽しむ会」が開かれました。 この日は8名が参加し、会議室にはゆったりとした空気が流れ、湯気とともに立ちのぼるお茶の香りが心地よく広がっていました。
福建省南端、広東省に隣接する永定という町には、 客家の人々が13世紀頃から建て始めた土楼が点在しています。 永定には46ヶ所の土楼群があり、建物は長方形や円形をしていて、 壁の厚さは1〜2m、3〜5階建て。 数十家族から、最大では200家族が共同生活を営んでいます。
入り口は一つだけ。 外敵から身を守るための“要塞住宅”としての役割も果たしていました。
しかし今回は、 「土楼に泊まれる」という情報があったものの、どうしても予約が取れず、 「とにかく行ってみよう」と永定へ向かいました。
まず昼食をとろうと食堂に入ると、客は私一人。 壁には手書きの土楼群の地図が貼られており、 それをじっと見ていると、店主が「旅行者か?」と声をかけてきました。
翌朝、食堂前からバイクタクシーに乗り、 手書きの地図にあった有名な土楼群へ向かいました。